BLなのになかなか恋愛にならない…
掟破りでも読ませる力

熱いエジプト神話愛をもとに生まれた作品だけに、キャラクター造形もエジプトの壁画に描かれた“原作”を踏襲している。

そのため、緑色の顔に棒状のヒゲをつけていたり、大きな仮面を被って顔が見えなかったりといった、BLらしからぬキャラクターが多数登場する。

韓国で本作の担当編集を務めるソウルメディアコミックスの權 ビョリ(クォン・ビョリ)さんは「オシリスの緑色のビジュアルについては、韓国BLの中でも異質なので違和感を抱かれる読者の方もいるようです」と笑う。

キャラクターに限らず、日本のBLマンガを読み慣れた目からすると『エネアド』は、いわゆる“お約束”からは大きくかけ離れている。まず第一に、物語がなかなか恋愛に発展しない。

BLマンガは基本的に恋愛モノであり、さらに性描写も入ってくるのが一般的だが、『エネアド』の第一部前半は世界観となるエジプト神話の解説や神々の人間関係がしっかり描きこまれ、ラブシーンまでの助走がとても長く取られている。

“受け”に執着する“攻め”のオシリスは、顔が緑色!? BLマンガ大手リブレも驚いた、韓国発の「エジプト神話BL」が日本で大人気のワケ_2
© Mojito/SEOUL MEDIA COMICS,Inc./libre
最高神の座を賭け、叔父と甥の争いが繰り広げられる。

この違いについてチョウさんは「あくまで私の肌感覚ですが」と前置きした上で、韓国と日本のBL読者に嗜好の差があるのではないかと分析する。

「日本の作品はメインキャラクターたちが早々に結ばれて、いわゆるイチャイチャするシーンが多い印象です。一方で韓国読者は、イチャイチャに到るまでの過程を重んじる方が多いのではないかと思います。2人が結ばれるまでのストーリーに、どんな苦難や逆境が多くあっても、そこに読者がどれだけ共感できるかが大事なんです」(チョウさん)

簡単に恋愛が成就するのではなく、さまざまな障害や苦難を乗り越えてやっと結ばれる2人の物語にこそカタルシスを感じる――。まさに韓国ドラマ的な構成だ。

「それでいうと日本の読者は、ストーリーもさることながら繊細な感情描写によるキャラクターへの没入によって登場人物そのものに愛着を持つ方が多い傾向にあるかもしれません。

だから好きなキャラクターがひどい目に遭うのは見たくないという方が少なくなく、作家や編集部もそうしたニーズを加味して作品を作っている部分はあります。

裏を返せば、スリリングな展開やスペクタクルな背景がなくても、キャラクターを一度好きになってもらえれば長く読み続けてもらえるということでもありますね」(日本版編集担当・江崎のぞみさん)

物語のカタルシスを愛する韓国と、キャラクターを愛する日本。そこにきて『エネアド』はエジプト神話ベースの壮大なストーリーと、愛と争いの中で苦悩する魅力的なキャラクターたちという、日韓両方のBL読者に刺さる要素を兼ね備えていたわけだ。