もう一人、同社の社員ではないが、同社がきっかけで移住してきた人を紹介したい。中村ブレイスが改修・再生した古民家でパン屋を営む、日高晃作さん(41)だ。
岡山県出身の日高さんはドイツでパンのマイスター資格を取得、妻の直子さん(48)は同じくドイツで製菓マイスター資格を取得している、日本では稀有な夫婦といってよい。ドイツで入籍した二人は2011年に帰国。その後、長男空くん(9)の誕生に合わせ、直子さんの実家のある東京に住むことに。
東京のパン屋で働き始めた日高さんだったが、雇われの立場でパンを焼くことに限界を感じてもいた。そんな時に中村ブレイス初代社長の俊郎さんから、こんな連絡が入る。「石見銀山から世界に向けてパン屋をやってみないか」。
中村さんと日高さんには以前、不思議な縁があった。日高さんはドイツに渡って2年後に一時帰国した際、能登半島で開業するパン屋の応援に入ったことがあった。そこで出会い、同じアパートに住んでいたパン職人が、かつて大森町にあった「中村製パン店」の長男で、俊郎さんの親戚だったのだ。
日高さんが連絡をもらった時、俊郎さんは、昔「中村製パン店」だった古民家を、新しいパン屋としてリニューアルしていたところだった。親戚のパン職人、中村さんは既に岡山で開業していたため、日高さんの名前が挙がったのだという。「お店も住まいも用意する」という俊郎さんの誘いに、「自分の店で自分のパンが焼けるステージ、ステップアップができる」と日高さんは心動かされた。
しかし、東京の実家へ戻り、二人目の子である長女・菫(すみれ)ちゃん(7)を妊娠していた妻は大反対。「なんでそんな所へ行くの?やめなさい、と本気で止められました」(日高さん)。一度は断ろうと考えたものの、直接話も聞かずに断るのは失礼だろうと、現地に会いに行ったのだという。
お店を見に行くと、既に工事が始まっている。そこで作業をしていた大工さんに「あなたが日高さんですか。ここはどうしたらいいですかね」とおもむろに相談された。すると日高さん、「ここでパン屋をやったら面白そうだ、とスイッチが入りました(笑)」。