「高校バスケの完成形」「異次元の強さ」田臥勇太2年時の能代工。その陰でかつての“スーパー中学生”が抱えていた”マネージャー転身の苦悩”
今からおよそ四半世紀前の1996〜98年。秋田・能代工業高等学校は高校バスケットボールの全国タイトルを総なめにし、史上初の「9冠」を成し遂げた。漫画『スラムダンク』山王工業のモデルともいわれる同校は、なぜ最強たり得たのか。田臥勇太ら当事者の証言をもとに、その軌跡に迫る短期連載。第6回は「田臥2年時の『完成形』/97年」編をお届けする。
「能代工9冠」無敗の憂鬱♯6
「帰れ!」監督がマネージャーに激怒

1997年、ウインターカップを制し、能代工を引率した田村先生が胴上げされる ©産経ビジュアル
マネージャーの西條佑治は狼狽していた。
思い当たる節はないのに、監督の加藤三彦に怒鳴られたからだった。
1997年10月の大阪国体初戦。能代工単独チームとして出場した秋田は、千葉に97-64と快勝してインターハイに続く2冠へ向けて好スタートを切った。だが試合後、西條は会場の外にいる監督にスケジュールの確認をすると、いきなり怒声を浴びたのだ。
「帰れ!」
西條と、すぐ後ろにいたメンバーに戦慄が走る。ホテルに着き、ロビーで再び「お前は秋田に帰れ!」と突き放された西條は、ひたすら「わりぃっす!」と頭を下げながら、心の中で「悪いことしたかな?」と反芻した。
うなだれるマネージャーに、部長の安保敏明が救いの手を差し伸べる。
「大会中は選手を必要以上に刺激したくないんだよ、三彦先生は。でも、チームの気は引き締めたい。次の相手がどこか、わかっているのか?」
あ! 西條は合点がいった。次戦は沖縄だ。北谷高校の監督でもある安里幸男率いるこのチームは打倒・能代工に燃えている。事実、95年の福島国体初戦では苦杯をなめさせられており、誰もが難敵と位置付けていた。
監督は「浮ついた気持ちになったらやられるぞ」と暗に伝えていたのであり、マネージャーの西條がチームを代表して加藤から喝を入れられたのだと、選手たちも察していた。それはキャプテン・畑山の「西條、わりぃ!」という真っ直ぐな謝罪が何よりも表している。
安里の「能代工対策」は実に奔放で、明快だった。オフェンスは選手の勢いに身を委ね、ディフェンスでは点取り屋の田臥勇太にボールが渡らないよう、ポイントガードの畑山を徹底的に潰すだけだった。
だが、そんな相手にこそ、能代工は冷静に試合を運ぶ。センターの小嶋信哉が不敵に笑う。
「どのチームも、うちの速いリズムに合わせたくないんで、いかに動きをスローにするかって対策をしてくることはわかってました。だからこそ、自分たちのバスケを貫くというか『100点取られても110点取って勝つ』くらいに考えていたんです」
結果は、田臥が8本の3ポイントを含む50得点と大暴れし、102-70と沖縄を圧倒した。
試合後、西條が前回と同じように加藤を訪れると、会話はたったひと言で終了した。
「あとは全部、お前に任せるから」
安堵すると同時に、西條は自分の選択が間違いでなかったことを再確認していた。
「やっぱり、三彦先生の近くにいて正解だ」
“エリート”がなぜマネージャーに?
西條は群馬・桜木中時代は得点の大半を叩き出すほど絶対的な存在で、3年生の全国大会ではチームのベスト16の原動力となった。能代工への進学を決めたのは、練習会に参加したところを加藤の目に留まったからだった。
だが皮肉なことに、中学時代の成功体験が西條を苦しめた。レベルの高い能代工では、ひとつのミスが命取りになる。中学ではお山の大将だったが故に、シュートを外しても「そんなこともある」と流せたが、畑山や斎藤直樹ら同じガードの選手が結果を残すと、「このままじゃ使ってもらえない」と不安に陥る。西條は完全に萎縮していた。
「中学までが自由過ぎたんで(笑)。ワンプレーの重みをそこまで意識できていなかったんですけど、高校では畑山とかすごい奴らが多くて、力を発揮できませんでした」
1年の新人戦でもメンバーに入っていた西條は、2年生になる直前の3月にマネージャーを打診された。他にも候補者たちが「絶対に嫌だ」と固辞するなか、西條を取り巻く環境だけが少しずつ変わっていった。
まずは96年春に部長として赴任してきた安保から「マネージャーをやらないか?」と提案された。「僕はそういうつもりで群馬から来たわけじゃないんで」と断ったが、今度はクラスの担任からも「マネージャーやるんだって」と言われる。はては下宿の女将や近所のスーパーの店員にまで話が回っているほどだった。

現在は桐生商女子バスケットボール部監督を務める西條佑治さん
学校側の周到な根回しは、試合の日も同じだった。西條はサポートメンバーとして帯同させられ、監督の加藤と行動を共にする機会が増えた。
すると西條のなかに徐々に「教師になりたい」という志が芽生え、「だったら、先生の近くで勉強するのはありだな」と思うようになった。なによりチームメート、特に畑山からの頼みは、どうしても断ることができなかった。
「自分は畑山をリスペクトしていたんです。マネージャーを頼まれたときは正直、複雑でしたけど『お前に言われたらやるしかねぇか』って。前向きなあいつが伸び伸びできるなら、自分が怒られ役になってもいいって思えたんですね」
2年生の秋。国体が終わると、西條は自ら加藤に「マネージャーをやります」と告げた。
「能代工マネージャー」の絶対性
監督が「自分の同心」と表現する能代工のマネージャーは、立場上、選手からナメられないために厳しさを全面に出す者が多い。そのなかで西條は異質で、後輩の誰もが「優しい。怒った姿を一度も見たことがない」と語るほどだった。
「田臥はバスケ以外でも雑用をしたりと、とにかく真面目だったし、菊地と若月は自分をイジったりしてましたけど(笑)、プレーも含めてやることはやってましたからね。そういったチームの個性を大切にしたいと思ったんで、あえて自分が『厳しくする必要もないかな』って」
監督をして「お前に任せる」と言わしめたマネージャーが統率するそんなチームは、10月の大阪国体も制し2冠を達成した。
かくして、96年からほぼ同じメンバーで戦ってきた能代工の「勝ち方にこだわるバスケ」は、集大成を迎えようとしていた。
「完成形」だった97年の能代工
2年連続3冠を懸けた、97年12月のウインターカップ。前年の準々決勝で苦戦を強いられた土浦日大を初戦で108-72と退けると、3回戦の新田戦は115-38のトリプルスコアで圧倒。安里が指揮する北谷との準々決勝も128-105と殴り合いを制した。さらに東北のライバル、仙台との準決勝も97-58と快勝だった。
97年のチームは、加藤が「完成形」と称えるほど成熟したチームとなっていた。
山形南との決勝戦。試合前の円陣でのことだ。監督が静かに紡いだ言葉に、2年生フォワードの若月徹は胸を打たれていた。
「若月が行っていたかもしれない高校と試合するんだぞ。今、若月とチームメートで一緒にやれていることを幸せに思え。わかったな」
田臥、菊地勇樹との2年生のトリオで怒られ役となるのは、いつも若月だった。
ゴール下での強さが求められ、オールコートでのルーズボールにも食らいつくなど、40分間、走り続けなければならないフォワードはハードなポジションだ。
1年生だった前年は「ミスを教える」という加藤の意向もあり、「ワンミス交代」も頻繁にあった。それは、ハードワークができる若月が「田臥と菊地よりも重要だ」という期待の表れでもあったのだが、本人からすれば苦痛だった。

現在は秋田市内の会社に勤める若月徹さん
「1年の頃は試合に出るのが憂鬱で。『嫌だなぁ。どうせワンミスで代えられるし、怒られるし……』と思ってましたね」
2年連続3冠をかけた決勝…「怒られ役」の覚醒
若月はミスを繰り返してもメンバーから外されることはなかった。2年になると試合を重ねていくなかで課題と向き合って修正し、不動のフォワードへと成長を遂げた。
そして迎えた山形南とのウインターカップ決勝。ここで“ショー”が展開された。
相手の得点源でもある、身長2メートルのセンター・伊藤和哉を潰すため、ボールを運ぶガードにドリブル突破されたと見せかけ、畑山と田臥がスティールしてカウンターのゴールを奪う。
相手がロングパスで伊藤にボールを供給することも想定済で、今度は若月や菊地がパスカットしてターンオーバーを狙う。開始10分で39-4。早くも大勢は決した。
右足を痛めたためアシスト役に徹した田臥に代わって、若月も得点を量産した。134-77と大差が開いた試合で、24得点11リバウンドと気を吐いた、かつての「怒られ役」は、3冠達成に欠かせない男となっていた。
「最強チーム」の愉快な去り際
「常勝」と呼ばれる能代工では、優勝した時にだけガッツポーズが許されている。
マネージャーの西條の号令で応援団に挨拶すると全員が拳を掲げ、歓喜を分かち合う。そんななか、誰よりも喜びを爆発させていたのが、キャプテンの畑山だった。
優勝直後のインタビューでマイクを向けられた畑山が、口を開く前にリズムよく腰をうねらせるダンスを披露する。横にいた田臥も照れくさそうに、ぎこちなく踊った。

勝利のダンスを踊る畑山と田臥 ©Aflo
畑山がふき出しながら振り返る。
「前の日の夜に、田臥と『しっかり優勝しような。勝ったら絶対に俺らがインタビューに呼ばれるからやろう』って(ダンスを)練習してたんです。で、本当に自分がやったもんだから、『マジか……』って田臥、引いてましたね(笑)」
そんなキャプテンの姿に、監督の加藤は「なにやってんだよぉ!」と呆れながらも笑っていた。
3大大会14試合で100点ゲームは実に10試合。「最強のチーム」は、愉快に6冠を成し遂げた。
(つづく)
取材・文/田口元義
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