33年間ひきこもった51歳男性。パニック発作、酒浸り、自宅はゴミ屋敷…「何で自分だけこんな生活をしているんだろう」から解放されるまで
高校卒業後、33年間ひきこもっていた51歳の男性がいる。だが、2年前にYouTubeを観て「自分も発達障害だ」と気付き、人生が一変したという。学校でずっといじめられていたのも、ひきこもったのも、障害のせいだからしょうがないと思ったら、「生きるのが楽になった」という男性のこれまでの人生に迫った。(前後編の前編)
ルポ〈ひきこもりからの脱出〉#3-1
いじめられても「やめて」と言えず
山田博之さん(仮名=51)は小学生のころから、友だちにいじめられていた。一緒に魚釣りに行くと釣道具を取られたり、お金を巻き上げられたり……。
「遊んでくれる仲のいい子にやられるんですよ。こいつなら盗っても大丈夫だみたいに侮られて。でも、友だちにかまってもらえてうれしいみたいな思いもあったので、『やめて』とは言えなかったですね」
聞いているほうが切なくなるような思い出を、山田さんは穏やかな口調でとつとつと語る。算数が得意だったので、母親に勧められて受験塾に通い、大学付属中学に合格した。入学すると友人関係は一新されたのだが、やっぱり、いじめられるのは変わらず……。
「お前、頭打っているな」
同級生から、くり返しそう言われた。
「頭をぶつけて、頭がおかしくなっているという意味です。衝動的に、言っちゃいけないような変なことを言っちゃうから、すごいバカ扱いされていましたね。小学生のときは同じようなことを言っても、逆に、面白いヤツという扱いだったんですけど。
思春期になってくると、みんな大人になっちゃって、私だけ場の空気が読めないヤツみたいになって。会話にはついていけないし、全然相手にされなくなっていったんですね」
中学3年生のとき、脳に水がたまり開頭手術を受けた。1か月ほどの入院生活を経て学校に復帰。エスカレーター式に高校に進学したのだが、体力がガクンと落ちてしまった。
手術の後遺症なのか体のダルさが続く。高校まで片道1時間かかるのだが、通学するのがやっと。系列の大学にも進まず、高校を卒業するとそのまま家にひきこもった。

写真はイメージです
パニック発作に苦しんだ20代
浪人して他の大学を受験するつもりで参考書を購入。家で勉強を続けていたが、医学部に行きたいと思ったり、哲学を学びたいと思ったりして、文系か理系かも決められない。結局、試験を受けることもできないまま、時間だけが過ぎていった。
「2浪、3浪になってくると、周囲にどんどん置いていかれる気がして、すごく焦燥感がありましたね。勉強したい気持ちはあるんだけど、悶々としてしまって」
そんな最中、可愛がっていた猫が交通事故で急死してしまった。当時21歳だった山田さんはショックのあまりふさぎこんでしまう。
「友だちもいなくて、猫がかけがえのない存在だったので……」
パニック障害のような発作を起こすようになったのだが、その症状を山田さんはこう表現する。
「感覚的なことなんですが、袋詰めにされて身動き取れない状態で、すごく高いところから落とされて、無重力状態みたいな感じになるんです。発作が起きると、とにかく苦しくて、誰とでもいいから何かしゃべってないと、自分が精神的にもうこっちの世界に戻って来られないんじゃないかって気がして。ふだんはほとんど口をきかない父親にも助けを求めて話しかけたりしました」
激しい発作のピークの時間は20~30分、そうひんぱんに起こるわけではない。だが、次にいつまた発作に襲われるかわからないことが怖くて、何もできなくなってしまった。
「ちょっとでも心を動かすと発作のスイッチが入っちゃうかもしれないから、ずっと爆弾を抱えているような感じでしたね」
これでは発作が出なくても気の休まるときはないだろう。しかも症状はそれだけではおさまらず、なぜか字を読んだり書いたりもできなくなってしまった。
「子どものころから書き慣れている文字、例えば、自分の住所と名前なんかはかろうじて書けました。他にも地名とか2、3文字で意味が完結している言葉はわかるけど、文章になると読めない。意味のある言葉として処理できないという感じでしたね」
精神科に行き薬も処方してもらったが、原因もわからず症状もよくならない。家にひきこもったまま、20代は終わった。
家の中はゴミ屋敷状態に
30歳を過ぎるとパニック発作はほぼ出なくなった。どうして治ったのか自分でもわからず、謎のままだという。
「いやあ……、時間とともに治ったんですかね」
ある日、自室を出ると階段下に置いてある電話機が目に入った。山田さんは電話帳で番号を調べて、思い切って保健所に電話をかけた。長年続く母親の奇行がずっと気になっていたからだ。
山田さんの実家は酒屋を営んでいる。母親は店の仕事をしながら家事もこなしていたが、不用品をため込んでしまい、山田さんが高校生になるころには家の中はゴミ屋敷状態になってしまっていた。

「まず古新聞が山のようにある。大事な書類だとか言って捨てないんです。大きなビニール袋にモノを入れて、それもどんどん積み上げていく。中身がわらないから袋を開けてみたら、ソールがはげた靴が入っていた。2、3年前に私が捨てたはずなのに、母親が拾ってきたんですね。そんなゴミばっかりだから、私がもう一度捨てようとすると、母親はヒステリーを起こしちゃう。
ただ、生ゴミは捨てるし、料理もするし、他の家事はきっちりやるので、父親も弟も生活に支障をきたすとわかっていても、大目に見ているというか文句は言わないんですね。私だけが『この家はおかしい』と言い続けたけど、ひきこもりになってからは何も言えなくなっちゃって、家族にしてみたら、『あ、こいつ、おとなしくなってよかったな』と思っていたんじゃないですか」
なので、発作が治まって動けるようになり、最初に取りかかったことがゴミ問題だった。
山田さんの依頼を受けて、保健師が自宅を訪ねてきた。山田さんはゴミだらけの部屋の写真を見せて、懸命に「母親のひどさ」を訴えたのだが、保健師は話を聞いただけで帰ってしまったという。
「見てもらえば、わかってもらえると思ったのに……。どちらがいいとか悪いとか、どうしなさいとか、何も言わないんですよ。それじゃ何も変わらないですよね。逆に、『もう子どもじゃないんだから、嫌ならあなたが家を出て行けば』と口に出しては言いませんが、ひきこもりの自分に対して内心ではそう思っているような態度でしたね」
家族の仕打ちに傷つき、再びひきこもる
保健所の対応にはがっかりしたが、それ以上どうしたらいいのかわからない。ぼんやりテレビを見ていると、ひきこもりの特集番組をやっていた。その中で紹介された不登校・ひきこもりの支援団体に興味がわき、山田さんは訪ねてみることにした。
「その団体が本屋をやっているというので、客のふりをして行ってみようと。18歳からひきこもって12年間、この世に私のことを知っている人は家族以外、誰もいないみたいな状態だったから、誰かと話したかったんですかね」
そうやって見つけた “居場所”に週に3、4日通いながら、実家の酒屋の手伝いも始めた。商品を自動販売機に入れるのが山田さんの役割だ。実家とはいえ、ついに働き始めたのかとその一歩を周りの人たちも喜んだが、また次の壁が立ちふさがった。
「店番ができないんですよ。今もそうですが、私はあいさつとか人とのテンポの速いやり取りが苦手で……。だから、給料をもらったことはないし、たまにお小遣いをもらったくらいなんです」
山田さんの話を聞いていると、ときどき言葉に詰まり、急に黙り込んでしまうことがある。真剣に言葉を探してくれているのが表情からわかるので、インタビューということもあり、こちらも気長に待つことができるが、お客にしてみれば焦れったいかもしれない。その点、客と接しない商品補充の仕事は山田さんに合っていたわけだ。

写真はイメージです
ところが3年後、山田さんは店の手伝いも居場所だった書店通いもやめてしまう。
きっかけは、父親が独断で自宅の半分を弟夫婦のために改装してしまったことだ。山田さんは何も聞かされておらず、1人だけ蚊帳の外だった。しかも自身のスペースが狭くなった分、さらに母親のゴミに圧迫されるように……。
ショックを受けた山田さんは家族と口をきくのも嫌になり、自室にひきこもると酒を飲み始めた。3日に1本ウイスキーを空けるハイペースだ。
「毎日、ウイスキーをストレートで飲んでいたら、身体を壊しました。皮膚に吹き出物がたくさん出るようになったんですが、原因がわからなくて……」
酒を飲みながら、「みんな普通に働けているのに、なんで自分だけこんな生活をしているんだろう」という自責の念やコンプレックスに苛まれた。何年も経って、その原因に気付いて生きるのが楽になるのだが、それまでは自分を責める苦しい日々が続いた――。
山田さんが生きるのが楽になった理由とは? #3-2(後編)へ続く
取材・文/萩原絹代 写真/shutterstock
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