「働かなくても暮らせるくらいで稼いだのに、全部家族が使ってしまった」祖国への送金を誇りに思っていたフィリピンパブ嬢が直面した家族崩壊
フィリピンパブで働いていたミカと出会い、結婚した著者(中島弘象氏)。結婚後の2人と新たに生まれた子供たちとの生活を描いた『フィリピンパブ嬢の経済学』(新潮新書)より、家族とお金と子育てで直面する問題を一部抜粋・再構成してお届けする。
『フィリピンパブ嬢の経済学』#2
日本人男性(筆者)と結婚したフィリピン嬢ミカのお腹に子供が…。
一方で月20万ものフィリピンへの送金に否定的な夫に、同居の家族が怒る
2017年3月のある日、僕は日雇いの仕事で現場に出ていた。仕事が予定よりも早く終わり、ハイエースで会社まで帰っている途中、「助けて!」と、ミカからLINEが入った。
「どうした?」と聞くと、
「お姉さんと、お母さんが怒ってる。家にいられない」
会社に着くと、「すみません。妻が緊急なので、片付けせずに帰らせてください」と言い残し、急いでミカの所に向かった。
アパートの近くの喫茶店に行くと、ミカはパジャマ姿で、涙を流しながら俯いて座っている。テーブルの上には、アイスコーヒーが1杯置かれていたが、口をつけていなかった。氷がとけて水になっていて、アイスコーヒーと分離していた。1時間近く1人で待っていたという。
「大丈夫か? 外に行こう」とミカの手を取って車に乗り、僕の実家へと向かった。話を聞いていると、
「あなたのせい」という。
ミカがパジャマ姿で部屋でくつろいでいる時、姉と母に呼び出され、僕がフィリピンへの送金に否定的だったことをなじられ、「あんな旦那となんで結婚した?」「別れたら」などと言われたという。ミカも腹が立って強く言い返すと、激高した姉がミカを突き飛ばした。
ミカは急いでベランダに逃げ、扉を開けられないように抑えた。姉は怒って、ミカをベランダから部屋の中へ戻そうとするが、母が姉を抑えている間に、ミカは急いで外に出たのだという。

妊婦を突き飛ばすフィリピン家族「もうそんな家族捨てちまえ!」
妊娠中のミカを突き飛ばすなんて。
パジャマ姿でまだ寒い中、外で震えていたミカを思うと、腸が煮えくり返る思いがした。「もうそんな家族捨てちまえ‼」僕は実家に向かうまでの車の中、大きな声で怒りをぶつけた。
ミカはしばらく僕の実家で過ごすことになった。僕も実家から仕事に行くことにした。僕が仕事から帰ると、ミカは寂しそうにベッドの上で横になっていたが、「もうお姉さんの家には戻らない」とその怒りは収まってはおらず、ミカの母から電話がかかってきても、「もう帰らないから」としか答えなかった。
それでも、毎日「帰っておいで、悪かった。また家族仲良くしよう」と泣きながら母から電話がかかってくる。だが、ミカは「嫌だ。もう無理」と言っていた。ミカは相当なストレスを抱えて、一日中ベッドの上で過ごしていた。毎日の母からの「家族がバラバラになって悲しい。戻ってきてほしい」という泣きながらの電話に、だんだんとミカも同情心を見せるようになった。
「お母さん心配だな。電話でもずっと泣いてる」
ミカの顔は日に日に元気がなくなる。お腹の中にいる子供も心配だ。
「お姉さんとお母さんと、話し合いに行く」
貧しい生活の家族を助けようと、単身日本に来たミカの姉
仕事を終えた夜、ミカを車に乗せ、姉の家に帰った。アパートに着くと、母がミカを泣きながら抱きしめた。奥の部屋には、ミカの姉が後ろを向いて座っていた。
ミカが奥の部屋に行くと、姉が「ごめんね」と泣きながらミカを抱きしめる。お互いに泣きながら話し合った。家族は再び元に戻った。
「ごめんね。あなたのことは大事な家族だからね。信じてね」姉は僕にも謝った。
僕もミカの姉を傷つけたのではないかとも思った。貧しい生活の家族を助けようと、単身日本に来たミカの姉は、日本に来てから何年もフィリピンに帰らず、家族のために送金を続けた。トイレもなかった家にトイレが付き、ミカたち姉妹は大学まで進学し、高級住宅街に家まで買った。姉は日本に来てから、自分のことよりもフィリピンの家族のことを優先した。
家族を支え続けた姉にとって、送金は単に数字の上でのことではなく、彼女自身の誇りでもあった。僕の「送金を止めろ」という言葉は、そんな姉の気持ち、誇りをも否定するものに聞こえただろう。
ミカやミカの姉の、家族を助けたいという想いに、日本で不自由なく育った僕は寄り添えていなかった。

送ってもらって当たり前になる
送金で揉めるのはミカの家族だけではない。日本に出稼ぎに来たフィリピン女性の多くが似たような経験をしている。
家族を助けるために日本に来たフィリピン女性の中には、水商売が初めてどころか、人生で初めて仕事をしたという人も少なくない。日本語も、接客の仕方も、何もかもわからない中から、一つ一つ仕事を覚える。初めは給料も少ないから、フィリピンに送れる額も少額だ。だが、フィリピンの家族を助けたい一心で、節約しながら送金をする。
家族と離れ、1人で家族のために働く。フィリピンにいる家族は、はじめは少額でも彼女たちに感謝する。
日本で働く彼女らを気遣い「無理しなくていいよ」「体気をつけてよ」「早く会いたいよ」と言葉をかける。本心から、そう思うのだ。
それが毎月送金を受けるようになると、お金を送ってもらうのが当たり前になる。
「私もお姉さんからお金を送ってもらっていたから、フィリピンの家族の気持ちがわかる。初めはありがたいなと思うんだけど、だんだん、送ってもらえなかったら『家族』はどうやって生活するの? って思うようになる」
ミカも姉の送金で生活していた時期があったから、受け取る側の気持ちもわかる。やがて仕事にも慣れ、チップをもらえるようになり、マネージャーとの契約が終わり、フリーとして働けるようになると、送金額も大きくなる。
送金の使い道も、電気代、水道代、食費と必要経費だったのが、生活水準が上がるにつれ、車のローンや大学の学費へと変わってくる。
毎月大きな額を送ってくれる日本で働く娘は、さぞ日本で成功しているのだろう、とフィリピン側の家族は思うようになる。
もう働かなくても暮らせるくらい稼いだのに、全部家族が使ってしまった
だが実際は、マネージャーと契約がある間は、売り上げノルマとペナルティーのプレッシャーに耐え、客からのセクハラにも耐え、ストーカーにあうなど時にはトラウマになるほど嫌な経験をすることだってある。だが、遠くにいる家族を心配させたくないから、日本での辛い話は一切せず、「元気だよ。給料入ったらお金送るからね」と元気にふるまう。弱音は吐かない。
フィリピンの家族は、日本に出ている娘が大成功していると思い、どれだけでも金を送ってもらえると勘違いしだす。悪い面に思いが及ばず、良い面しか見えなくなってきてしまうのだ。そして、いつしか、その生活が当たり前になり、送金も当たり前になってしまう。
家族の中で、フィリピンで送金を受け取る側と、海外からお金を送る側という役割が出来上がる。こうして一度出来上がった役割は、なかなか変えることができない。

自分の生活よりも家族を優先にして懸命に貯めた金で、家や土地を買おうと計画を立てるフィリピン女性も多い。だが、信じていた家族が金を使い込んでしまったという話もよく聞く。
まだ日本にバブル景気の残り香が漂っていた1990年代前半頃までは、チップやドリンクバックなどで、月100万円近く稼いでいたフィリピンパブ嬢もたくさんいた。そんな毎月の稼ぎのほとんどをフィリピンに送金し、自分は何年も帰らず、
「お金もう貯まったな。フィリピンで家建ててもう働かなくても暮らせるな、って思ったら、1円も残ってない。聞いたら全部使っちゃったって」
そんなウソのような話を、80年代、90年代に来日したフィリピン女性たちからは頻繁に聞く。そして、フィリピンの家族との関係も変わっていく。
「家族はお金のことしか考えなくなっちゃったね」
皮肉なことに家族のために頑張って働き、送金したことにより、家族の関係が悪くなることもあるのだ。大金が入るようになり、家族が崩壊していく。これも送金に頼って生活している家族が多いフィリピンの課題なのは間違いない。
『フィリピンパブ嬢の経済学』 (新潮新書)
中島 弘象

2023年6月19日
902円
240ページ
978-4106110023
フィリピンパブ嬢との出会いと交際は、すったもんだの末に見事ゴールイン。これで平穏な日々が訪れるかと思いきや、妻が妊娠。新たな生命の誕生とともに二人の人生は新たな局面に突入する。初めての育児、言葉の壁、親族縁者の無心と綱渡りの家計……それでも「大丈夫、何とかなるよ」。異文化の中で奮闘する妻と支える夫の運命は? 話題作『フィリピンパブ嬢の社会学』に続く、抱腹絶倒のドキュメント第二弾!!
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