名久井 これ、とても豪華なテスト印刷用紙で、1枚の中で4パターンのインキの組み合わせなんですよ。
くらもち とんでもない1枚だね(笑)。ピンクの色も違いますね。
名久井 同じ蛍光ピンクでも種類によって出方も全然違うんです。印刷で再現しづらそうな絵を選んで、テストしました。
くらもち すごいねぇ。なんて人だ(笑)。
名久井 ピンクは濃いインキの方を選んで、青は濃くないインキを選びました。蛍光インキって顔料を使っているので、不透明なんですよ。プロセスのCMYKインキは重ねて刷っても掛け算になっていくんですけど、蛍光は下の色を少し隠してしまうんです。ブルーもピンクも両方顔料の蛍光だと、(表現できる)色の幅がちょっと減る感じがします。
くらもち このブルーは、私が実際に塗った青に一番近いものですね。むしろ原画より綺麗に刷れているものもありますね(笑)。
名久井 いやいや、原画が至高ですから。ピンクのくすみ具合とか違いますよね。
くらもち ピンクの淡さって本当に微妙で、惹かれない淡さもあるんですよね。素通りされてしまうような。ワンポイントでも、ピンクの色味がきちんと出ている部分があれば問題ないんです。
名久井 TOKA のVIVAシリーズは蛍光ピンクだけでも4、5種類あるんですけど、若干黄色味のあるピンクを選んでいます。黄色も普通の黄色じゃなくて蛍光の黄色と練って使っているので、やや発色が高いです。
くらもち そうなんだ! 黄色って難しいですよね。
名久井 3色特色ってなかなかないですよ。(※特色とはCMYKでは表現しきれない特殊な色のこと)
くらもち なんて贅沢なんでしょう。私の時代は1色特色が入っただけで大騒ぎでしたよ。
名久井 今も3色は大騒ぎですよ(笑)。前例があまりないそうです。逆に、カバーはくらもち先生のカラーイラストを使っていないので、特色は使わずかけ合わせのみで。
くらもち あの微妙なブルーをかけ合わせで出したの? 本当に熟練の技だね。
名久井 最後までY版をどのくらい入れるか迷いました。ほんの少しの違いでずいぶん印象が変わってしまうので苦労しました。今は昔のようなフィルムからの刷版じゃなくて、CTPという金属の版に直接刷版になっているので、精度が高いんですよ。昔は3〜4%の差はほとんど印刷するとわからなくなっていたけど、今はしっかりと出ますね。
くらもち そうなんだ! 繊細な色がでているのはそのせいなんですね!
――先生は、原画もデータも、別マの付録も、きれいに保存されていらっしゃいましたね。
くらもち 貧乏性なので何でも捨てずにとっておくんですが(笑)、将来展示されるなんて微塵も考えていなかったので、薄い紙に描いてしわしわになっていたり、メインの絵の横に予告カットを描いていたり……。「後で恥をかくことになるぞ」と当時の私に伝えたいですね。
名久井 『いつもポケットにショパン』は、結構隙間に描かれているものがありましたね(笑)。
くらもち そうなの。余白がもったいなくて(笑)。
――下絵や習作も展示していますが、先生は本番で描かれる前にいろいろと試されるのでしょうか?
くらもち なかなかイメージ通りにできないから、いっぱい描きますね。
名久井 並べてみると表情が違いますよね。
くらもち あまり悩まない方が良い絵が描けるんですけどね。下絵は担当編集さんしか見ないものですが、ペンよりも時間がかかっています。展示しているのでよかったらご覧になってくださいね。
――先生は現在デジタルで描かれています。デジタル出版であれば、描いたそのままに再現されるわけですが……描き手としてはどういう感覚なのでしょうか?
くらもち デジタルを使ってはいますが、気持ちとしてはずっとアナログです。
――出力見本もいろいろな用紙で試されていますよね。モニターで見るのと、紙で見た感じは違いますか?
くらもち 紙で見たほうが、距離的に自分に近いですね。デジタルで自分が考えていた以上に上手く描けたことって数えるほどしかないんです。この絵もデジタルで塗っているんですけど、自分の頭の中では全然違うんですよ……。
名久井 先生の脳内が見たいなぁ(笑)。デジタルも画材のひとつという感じですかね。シルクスクリーンの多色刷りポスターのような…。
くらもち たしかに。まだ「こういうものが描きたい」という完成形が頭の中にあるわけじゃなくて、デジタルでどのようなことができるのか、自分で知るために描いているんですよね。でも締め切りがあるから、そのとき出来上がったものを出しているわけです。まだデジタルに操られていて、全然使いこなせていません。
名久井 本当ですか? 今回展示を拝見して思ったんですけど、先生はデジタルで描かれるようになってから、アナログでしっかり描いた花を思いっきりぼかしたりするじゃないですか。これは本人にしかできない大胆さだと思いました。私が素材をいただいたとしても、ここまでぼかせないですよ。
くらもち タチアオイの絵ですか。これは、思いきりボカすことで8月の陽気や湿気を表せるかなと思って……。
名久井 この右上の色違いは…?
くらもち これはフィルターなんですけど、私のような素人が、ワンタッチでできるのが許せないんですよ(笑)。アナログで描いていてこれにたどり着いたなら納得できるんですけど……。
名久井 このフィルターを選んだところからすごいんですよ。
くらもち 使いこなせないとは言いつつ、デジタルならではの表現もやってみたいんです。なのでデジタルについては、未だ語れずですね。正直、もうすこし時間がほしい(笑)。
――これは担当編集にお願いするしかなさそうですね(笑)。ところで、くらもち先生にとって感情にしっくりくる色はありますか?
くらもち 私は赤黒白の組み合わせが好きで、そういう得意な色を使ってるときは自分の中で使いこなせている気がするんですけど、他の色に関してはいつも挑戦している感覚があります(笑)。
名久井 テスト印刷にも使った『天コケ』のイラストのブルーも先生の色という感じがします。
くらもち そうですね。この作品を描き始めてから使うようになった色です。「この色が好きかもしれない」と思いながら塗った記憶があります。
名久井 絶妙な青色ですよね。いつか先生の全集を作りたいな。作品全部が載っているやつ。
くらもち 全集といえば、『100年ドラえもん』(小学館)での「世界で最も美しい本コンクール2022」銅賞受賞、おめでとうございます! メッセージは送ったけど、直接伝えたかったの。
名久井 ありがとうございます。最近、ドラえもんとくらもち先生の作品の共通点を見つけたんですよ。ドラえもんのカバーを作るとき、文庫版『いつもポケットにショパン』の新装カバーを作ったときと同じく、本文からイラストを選んだんです。くらもち先生も(藤子不二雄)F先生も、どのカットを取ってもかっこいい上に、止め絵じゃないんですよね。キャラクターに自然な動きがある。ドラえもんのカットを探しているとき、「この感覚はくらもち先生のときに感じたぞ。知っているぞ?」と思いました(笑)。
くらもち 恐れ多いです(笑)。
名久井 漫画の中のワンショットは、キャラクターの動きの先を感じられて好きなんですよ。くらもち先生の作品は、1コマ1コマじっくり見ていると発見がありますね。映像的です。
くらもち 名久井さんに言われるとうれしいですね。
名久井 『海の天辺』で先生とシーナが職員室でキスするシーンのときも、職員室の引きの絵があるじゃないですか。普通だったらあそこまで引かないんじゃないかな。急にカメラが遠くになるような感じがして良いですね。目に入ってくるひとつひとつの情報が作品の世界を補強するのだと思います。
くらもち うれしい! そうやって反応してくださる部分って、背景や脇の部分だとしても、当時の自分が「意識したこと」を入れて描いてます。名久井さんのように細かいところまでキャッチしてくれる読者がいるから、まんが家は描き続けていけるんですよ。
――最後に、くらもち展へ来場される方へメッセージをお願いします。
くらもち コロナ禍で遠いところからもお越し頂いて、本当にありがたいです。毎期通ってくださっている方もいて……。グッズもとてもかわいいですよ。私はオタクなので、「ここをついてきたか!」思うグッズがたくさんありますね。
名久井 カセットレーベルの文化がなくなったのは惜しいけど、かわいいですね。
くらもち パスケースにするなんて上手いですよね。
名久井 画集を持って展示作品と見比べてみるのも良いですよ。泣く泣く画集から削った作品や、原画で見てほしい作品も展示されています。特製アザ―カバーもぜひ応募してください。
くらもち 50人限定とのことなので、みなさん応募してくださいね。
<くらもちふさこ先生×名久井直子さん対談>はこれにて完結です。
くらもちふさこ展の過去記事などをお楽しみください。
また、集英社オンラインでは、くらもちふさこ展第III期、第IV期レポートも予定しています。
記事の公開をお楽しみにお待ちください。
デビュー50周年記念くらもちふさこ展―デビュー作から「いつもポケットにショパン」「天然コケッコー」「花に染む」まで―
<開催地>弥生美術館
<開催期間>2022年1月29日(土)〜2022年5月29日(日)
<リンク> https://www.yayoi-yumeji-museum.jp/yayoi/exhibition/now.html
ⓒくらもちふさこ/集英社
撮影 細川葉子
取材・文 ハナダミチコ