イベント中継ができないなら、エベレストには行かない……

打ち合わせを終えて移動するタクシーの中で、私は正直な感想を彼にぶつけた。

「登山というよりイベントですね?」

栗城さんは真顔で答えた。

「そうですね。絶対に面白くする自信があるんで」

面白くする? ……私はその言葉に、違和感を大きく超えて、嫌悪感を抱いた。それを顔には出さず、こう尋ねた。

「仮に登頂の生中継ができないとしたらどうしますか?」

彼は即座に返答した。

「それならエベレストには行きません」

中継ができないなら登らない……そう明言したのだ。彼は更に言葉を続けた。

「ただ登るだけではつまらないので」

登頂が目的ではない。世界最高峰の舞台からエンターテインメントを発信するのが、彼の真の目的なのだ。こんな登山家は過去にいなかった。

「一対一で山を感じたい」という山への畏敬と、「ただ登るだけではつまらない」という山への冒涜……彼が気づいているかどうかはわからないが、これは対極をなす。私には「夢の共有」が「矛盾の蟻地獄」に思われた……。

私は少し呼吸を整えた。そして質問を変えてみた。

「他の登山家が同じようにネット中継をしたら、栗城さんはそれを見ますか?」

彼は珍しく言葉に詰まった。10秒ほどして、「いやあ、面白く見せられる人いますかねえ?」と首をひねった。

2009年9月7日、「ギネスに挑戦!」企画第一弾が生中継された。標高6400メートルのABCを舞台にした「世界一高いところで流しそうめん」だ。日本から持ち込んだ人工竹を斜面に組み、茹でた素麺を上から少しずつ流した。つゆの入った椀を手に、栗城さんが下で待ち構える。つゆはテレビ番組『料理の鉄人』の鉄人シェフが作ったものだ。

「来ました! 来ました!」

氷点下の冷気に表面が凍りついた素麺が、ポチャンと音を立てて椀の中に落下した。栗城さんがそれをチュルチュルと啜る。「おいしいです!」とカメラに笑顔を向けた。

その1週間後の9月14日には、「世界一高いところでカラオケを歌う」企画が中継された。

ABCより更に上の標高7000メートル地点で、栗城さんは『ウイ・アー・ザ・ワールド』を歌った。ゼエゼエ、ハアハア、と息は荒く、時にひどく咳き込みながらの、ある意味「熱唱」だったが、同じ曲には到底聞こえなかった。

しかも衛星を経由して送られてくる映像は、容量が小さく圧縮されているため画質が良くない。仮に登頂生中継が見られたとしても、この画質に我慢しながら彼の姿を追うことになる。野球やサッカーのようなスピーディーな動きもない。

《ずっと見続けるのは正直しんどいな……》と私は感じた。彼がアピールしたい、登山に関心のない一般の人たちは、私以上に苦痛を感じるのではないか……?

私にはインターネット生中継というものが、荘厳な「世界の屋根」をわざわざ小さく見せている気さえした。