河野 今回の本は副題に“栗城史多のエベレスト劇場”と付けていますが、この「劇場」という表現を借りれば、栗城さんや彼の周りの人たちは明らかに演出法を間違えたなという思いがあります。
彼は山では「苦しい~!」とか「もう限界です」ということを言っていましたけど、地上でもそういう弱さをもっと正直に吐露できたら違ったと思うんですよね。社会の受け入れ方や、ネット界での評価もまた変わっていたのではないかと考えてしまいます。
「夢の共有」という美しいこと、元気で威勢の良いことを言っていたからこそ、地上では個人的な辛さを吐露できなかったのだとしたら、ある意味では彼が大好きだった「夢」という言葉に追い詰められてしまったのかもしれない。
そう考えると、本当に矛盾に満ちて、切なくていとおしい存在だと改めて思いますね。
――著者から見た『デス・ゾーン』の読みどころ、あるいは注目して欲しい点について伺えますか。
河野 栗城さんほど毀誉褒貶の激しい人物は珍しいし、「夢を共有しよう」「否定の壁を超えよう」というわかりやすい言葉を口にするのに、その実態が掴みづらいという人も少ないと思うんですよね。
その謎めいた、矛盾に満ちた男の人生をできるだけ丁寧に、そして愚直に辿っている本です。ひょっとしたら、これまでテレビや彼の著書で彼を知った方にとっては、まったく違う「栗城像」が描かれているのではないかと思います。だから、ファンの人にもアンチの人にも読んでほしいなあ、という思いで書きました。
読者の皆さんにも、きっとご自身の中にある「栗城史多的な部分」が見出せるはずです。「あっ、俺の中にもいるなあ、栗城」っていう。人間的なずるさとか、あるいは弱さとか、これは俺にも共通しているな、という要素がどこか見つかるんじゃないかと思いますね。
そして執筆者である僕自身が、取材する過程で本当に「栗城観」が変わりました。その僕の心境の変化も正直に書いたので、それも含めてお読みいただければと思います。
文責:集英社新書編集部 写真:定久圭吾