踏み込まないけど、尊敬しあっている二人
―― このシリーズでいつも魅力的に感じるのは、堀川と松倉の絶妙な距離感です。親しい友人同士なのになれ合いにならず、お互いのプライベートな部分には踏み込まない。でもしっかり信頼しあっているのが伝わってきます。
もうちょっと踏み込んでもいいんじゃないか、とも思うんですけどね(笑)。この二人はたまたま図書委員の仕事で一緒になったという間柄に過ぎません。それが『本と鍵の季節』で描かれる事件を通して、お互いを知っていき、知っていたつもりが分かっていなかった、ということも理解する。さっき言ったことと重なりますが、それを受けてスタートする続編なので、二人の距離がぐっと近くなっていたらおかしいんですよ。堀川と松倉はお互い「いいやつ」だと思っているのは間違いありません。でも扱いやすいやつだ、というニュアンスは含まれていない。相手に対する敬意があるんです。
―― 松倉をはじめとして、このシリーズには家庭の事情を抱えた生徒たちが登場します。さりげなく暗示される“学校の外側”が、物語に陰影を与えていますね。
そこはこれまで書いてきたシリーズと大きく違うところですね。生徒たちは“学校の知り合い”として顔を合わせていますが、すでに一個の人間として歩き始めているので、それぞれ複雑な事情を抱えていて当たり前だろうと。そういう意識で登場人物を描いています。作中であえて説明はしていませんが、松倉がいつも妙なジュースを飲んでいるのも、事情があってのことなんですよ。
―― 栞に秘められた毒はやがて、ある人物が救急搬送されるという事態を招きます。毒物の脅威に覆われていく校内。毒を手にしているのは誰なのか? そんな緊迫した物語を、ときおり差し挟まれる堀川と松倉のユーモラスな掛け合いが救っています。
気に入っているのは書名で遊ぶくだりです。書名に季節の入った本を挙げていくのですが、たまに存在しない本を挙げたりする二人の馬鹿馬鹿しいやりとりを、瀬野が横で見守っている。ああいうシーンは書いていて楽しかったですね。
誰かの悲しみや苦しみに“分かったふり”をしない
―― そもそもトリカブト入りの栞は数年前、ある人物が切実な思いから作ったものでした。その行動の背景にどんな事情があったのかははっきり書かれていませんが、相当つらい出来事があったことが伝わってきます。
その部分は書こうと思えばいくらでもえぐい話にできたんですが、そうすることに意味があるとは思えなかった。悲惨な出来事を見たければ現実社会にいくらでも転がっているわけで、それを小説の中でことさら「どうだ悲惨だろう、えぐいだろう」と書くのは露悪趣味でしかないなと。悪を書くのは構わないんですが、露悪的にしたいとは思いません。それなら現実で十分じゃないかと思ってしまいます。
―― 捜査によって少しずつ浮かび上がってくる事件の姿。いくつもの伏線が回収され、意外な真相が明らかになるクライマックスに感嘆しました。プロットは連載前に隅々まで決めておられたんでしょうか。
もちろん最後まで作っています。ただ書き始める前に作ったプロットなので、具体的なエピソードを書いていくうちに「人の心はこうは動かないだろう」と引っかかる部分が出てきて、そういう場合はプロットを修正しなければなりませんでした。書くことで初めて登場人物の心情が見えてくる、ということはありますからね。今回悩んだのは、瀬野の過去にまつわる部分です。物語の根幹に関わるところなので、細心の注意を払って書く必要がありました。それに瀬野が自分の過去を、堀川たちに進んで明かすとも思えない。情報をどう開示していくかという部分にも苦労しましたね。
―― 真相を知った堀川と松倉は、それ以上深入りすることなく自分たちの日常に戻っていきます。困っている人がいたら助けはするけど、他人の生活に土足で踏み込むことをしない。そうした節度のようなものも、このシリーズの魅力ではないでしょうか。
ありがとうございます。この作品の登場人物たちがなぜ毒を必要としたのか、それは堀川や松倉には分かりようのないことなんです。そして分かり得ないものに対して、表層的に「分かったふり」をするのは、偽善というより悪だと思う。二人はそこをわきまえているので、一緒に悲しんだりはしない。そうした節度は現代において、すでに必須のスキルなのかなとも思います。以前は苦しんでいる人を目の前で見る機会ってそうそうなかったわけですけど、現代は誰かの悲しみや苦しみがネットでもリアルでも日常的にあふれています。それに対して私たちはつい他人の悲しみを悲しみ、他人の怒りを怒ってしまう。でも堀川と松倉は決してそういう流れには乗らないだろうな、という気はしますね。
―― 「噓」によって紡がれる友情の形。『栞と噓の季節』はミステリーの手法を用いて、青春時代の残酷さやきらめきを切り取った素晴らしい作品だと思います。堀川と松倉がこの先迎える、新しい「季節」も楽しみですね。
この作品に限った話ではありませんが、いつの時代にも通じる普遍的な青春小説を書いたつもりです。「現在」をどれだけ意識しても文庫版が発売される二、三年後には古びてしまうわけで、それよりも時代を超えるものを書きたいと思っています。
友情といえば、『栞と噓の季節』は二つの友情が書けていれば成功したといえるんじゃないでしょうか。ひとつはもちろん堀川と松倉の友情。そしてもうひとつは彼らが捜査によって辿り着く、隠された友情です。そこから何かを感じ取っていただければ、作者としては嬉しいですね。続編については本作の評判次第ですから(笑)、まずは『栞と噓の季節』を多くの方に楽しんでもらえればと思います。