さらにSNSで映画情報を発信したり、メディアに取材に来てもらえるよう公式サイトを工夫したり、興味を持って問い合わせてきた映画館の応対をしたりと、いままで付き合いのなかった業界の人々とのやりとりに忙殺される。

ちなみに本当はパンフレットもムリダンガムのように丸く長い形状にしたかったのだが、見積もりを取ったら印刷代がけっこうお高いことを知り、断念したのだとか。

こうした作業にかかる諸費用は稲垣夫妻の手弁当に加えて、クラウドファウンディングを活用した。「なんどり」に通うお客やインド映画ファンが次々と参加し、目標の100万円を上回る159万3000円が集まった。協力してくれた231人の熱意も合わせて、作品は全国10館を超える劇場での上映が決まり、さらに増える勢いだ。前代未聞の快進撃は続く。

インド映画を追っかけて20年以上

紀子さんの「情熱」の原点は1998年にある。日本でも大ヒットした映画『ムトゥ 踊るマハラジャ』を見たことがきっかけだった。

「主演のラジニカーントがめちゃくちゃ好きになって、同じ空気を吸いたくて初めてインドに出かけて、彼の家まで行ってみたら本人に会えちゃったんですよ」

それからはもうインド一色だ。映画を観ては現地に「聖地巡礼」に赴き、書店で売っている「スター・ディレクトリ」という本を買ってそこに掲載されている関係者の事務所に突撃する。

「事務所かと思ったら俳優本人のご自宅だったことも」

わざわざ日本人が来てくれたと、インドの映画関係者は大いに歓迎してくれた。インド映画にほとばしるエネルギーだけでなく、インドそのものの大らかさや優しさにも惹かれ、さらに「追っかけ」にのめりこんでいく。

そのころ、後に夫となる稲垣富久さんもまたインドにハマっていた。

「ITエンジニアだったんですが、よく多国籍な料理を食べ歩いてたんです」

その中で南インド料理を紹介した本に衝撃を受けた。自分で作ってみようと思い立ち、同好の友人たちを集めて食事会などをしていたそうだが、富久さんと紀子さんが出会うのも必然だったのかもしれない。ふたりは結婚し、富久さんは仕事を辞め、2013年に南インド料理店「なんどり」をオープン。南インドの定食「ミールス」と、インド映画のDVDやグッズ販売が売りという、コアな店として知られるようになっていく。

「追っかけ人生の集大成です」インド料理店主が買い付けたインド映画が異例の大ヒットで全国展開へ!_3
「なんどり」の店主、稲垣富久さんと紀子さん