都内唯一の木造建築映画館
東京都青梅市に50年ぶりに復活した映画館「シネマネコ」。2021年5月2日にオープンしてから約1年半。座席数63席ながら約1年で観客動員1万人を突破し、特別会員「ネコ会員」の会員数も800人を超えた。8月からは連続講座もスタートし、地域の文化発信基地として根付きつつある。
今夏開催された連続講座第1弾のタイトルは「建築デザインからまなざす シネマネコ」。都内唯一の木造建築の映画館であり、しかも青梅織物工業協同組合敷地内にある国登録有形文化財・旧都立繊維試験場をリノベーションしたというシネマネコの真髄を解き明かす内容だ。
講座を始めたきっかけは全国からの声。オープン以来、シネマネコ代表・菊池康弘さんのもとには、「映画館を作りたい」「地域活性化事業をしたい」という相談や講演依頼が相次いだという。その声に応えるべく、キーマンである建築家・池上碧さんを招いて開館までの軌跡を辿った。
そもそもシネマネコは、青梅市内で飲食店を経営する菊池さんの侠気から生まれたものだ。かつて青梅には映画館が3館あったが、1974年に消滅。その後は地元商店街活性のため、映画看板師・久保板観さん(本名・昇さん)による名作映画の看板で街を彩り、“昭和レトロな街”をウリに観光の呼び水としていた。しかし2018年に板観さんがこの世を去り、看板も老朽化が進んだことから安全のために撤去された。
菊池さんは寂しくなる街を見ながら「再び映画で復活させたい」と、2018年に映画館プロジェクトを始動。候補地についてタウンマネジャーの國廣純子さんに相談したところ、提案されたのが集会所として活用されていた旧都立繊維試験場。費用は、経済産業省の商店街活性化補助金とクラウドファンディング、地元企業の協賛金、そして自己資金で賄うこととなった。
しかし肝心な建築家が見つからない。すると國廣さんが「ウチの旦那も建築家です。あまりオススメしませんが」と謙遜しつつ池上さんを紹介してくれたという。
「著名な建築士も紹介してもらいましたが、必要だったのは、木造を生かしながらリノベーションする能力に長けた方。池上さんのポートフォリオを見せていただいたときに、非常にインスピレーションを得た写真がありました」(菊池さん)
それが池上さんが中国の建築事務所に所属していたときに手がけた、北京の旧市街にある胡同の再生プロジェクトの写真だった。胡同は中庭を建物で囲んだ四合院という中国伝統の住宅様式が立ち並ぶ趣きある街だが、人口増加に伴い中庭に増築する人が増えた。そして、北京五輪後の都市整備などで取り壊しや空き家が増え、荒廃してしまったという。政府の要望は、古い建物を真似た新家屋を作り、ドラマに出てくるような街並みに戻すこと。
だが以前、同じく中国オルドス市の都市開発に携わった池上さんには、苦い思い出があった。同市は地下資源が豊富で不動産投資が進み超高層ビルが乱立。ところが寒さ厳しい地域で移住が進まず、あっという間にゴーストタウン化してしまったのだ。
その経験を踏まえ、池上さんが胡同のプロジェクトで提案したのは観光招致よりも残っている住民のための街の再生。そして、模倣建築ではなく伝統を生かすリノベーションだった。完成したのは、雑然としていた中庭に開放感を与えた子供図書館。子供たちが自由に遊んでいるその写真は、建築は人に活用されてこそ息づくことを見事に物語っていた。