まったく学問的ではない「特別の教科 道徳」

新学習指導要領には学問的成果とはまったく関係のない価値観を教え込むべきことが求められています。しかも残念なことに「特別の教科 道徳」こそが、その典型・縮図となっている感があるのです。

前述のように、文部科学省作成の『私たちの道徳』には、カントの理念の一端を見てとることができるのですが、そこに「カント」という名前は出てきません。

「道徳」という科目に一番近い学問は倫理学であるはずですが、『私たちの道徳』を開いてみると、アリストテレス、キケロ、シュバイツァーなどの「倫理学者」と言える人物の名前はちらほら出てくるものの、彼らの「名言」「格言」の類いが一言載っているだけであり、倫理学説が紹介されているわけではないのです。

これは驚くべきことと言えます。学校で学習する内容というのは、普通は学問的成果が反映されるものです。学界の定説が覆れば、教科書の内容も書き換えられるのです。

例えば、冥王星が惑星から準惑星に格下げされれば、それまで理科の教科書にあった、太陽系の惑星一覧から名前は削除されることになります。また、源頼朝の肖像画であると思われていたものが別人であった可能性が高まれば、それは歴史の教科書では源頼朝の肖像画としては使われなくなります。この2つの教科に限らず、どの教科も同じです。

ただ、「特別の教科 道徳」だけは例外的に違うのです。これは学問的成果とまったく無関係に成立しているのです。

では、そこではどんな内容が扱われているのでしょうか。『私たちの道徳』を開いてみると、偉人や、伝統・文化についての話が中心であることが分かります。さらに、ではなぜ偉人や、伝統・文化が中心なのかと問うと、それはその中身を見ることによって見えてきます。

偉人というのはほとんど日本の偉人ですし、伝統・文化というのも日本のものばかりです。つまり、文部科学省としては、子供たちが、日本のことを知り、日本のことを好きになるように仕向けたいのです。