僕自身、山田のように閉じている部分がある。いろんな人が開かせてくれることを気づくこと、それが恩返し。

松山ケンイチさんが田舎暮らしへ踏み切った運命的な出会い【『川っぺりムコリッタ』主演インタビュー】_13
山田と島田の白米を巡る攻防がとてもおかしい

──荻上監督の代表作はいろいろあるのですが、世の中でよく知られている『かもめ食堂』や『めがね』の血縁関係のない緩やかな共同体をファンタジックに描いているところがあったのが、今作では、山田の父親の孤独死を想起させる場面で、ウジの映像を入れるなど、父親は最期、幸せだったのか解けない謎を山田に投げかけるなど、シビアな描写があります。

「そうですね、その話を島田さんにしながら、山田は塩辛を食べていますからね。見ている方が、塩辛を嫌いになるんじゃないかなと心配ですけど(笑)、荻上さんはこういう組み合わせをするのかと思いました。荻上さんって、質問する角度も、見ている世界も、僕とは全然違うんです。いきなり、それまで考えたこともなかったような質問をポンと言われて、びっくりするし、理解できなかったりするんですけど、こんな角度で世の中を見ているのかと、それがすごく面白いなと思う。

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吉岡秀隆さん演じる溝口さんは墓石のセールスマン。シングルファーザーで男の子を育てている。 子役は富山県を中心としたオーディションで選ばれた。

山田は島田さんがいて、大家の南さんがいて、墓石のセールスをする溝口さんがいて、少しづつ開いていった中で、孤独死をした父親の最期の片付けをしてくれた役所の人を演じる柄本佑君と出会って、本当にこの人は幸せな人だなと思いました。

僕自身、山田のように閉じている部分がもちろんある。これは聞きたくない、知らないと拒絶したり、出来ないと断定して進んできたこともある。でも、いろんな機会で、いろんな人が、僕の心を開いてくれて、聞く耳を開かせてくれて、今があるんだなと感じますね。全部、自分がやってきたことじゃなくて、人にしてもらったことの方が多いです。そのことに感謝しているし、気づけたからよかったと思う。世の中には気づけない人もいっぱいいるだろうし、気づく余裕のない人もいるし、僕もまだまだ気づけていない部分がいっぱいある。周りの人が気づきを与えてくれているから生きてこれたことに対して、それに気づくことが一つのお返しになるのかなと思いますね。その意味で、『川っぺりムコリッタ』はいい出会いになった作品です」

人が一番、山も自然も壊している。人は駆除できないけど、鹿は駆除できる。それってフェアじゃない。

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──ご自身の生活スタイルをがらりと変えるようになった作品となったのは、すごいことですね。松山さんは今、捨てられゆく鹿、猪、羊、熊などの獣皮のアップサイクルを目的としたライフスタイルブランドのmomijiを立ち上げましたが、その活動についても教えてもらえますか? 今、日本の山は鹿害が酷いと聞きますが。

「人の立場で山を見ると、結局、鹿の害ってことになっちゃうんですよね。でも、それを僕らがどうとらえた方がいいのかは、誰もわからないし、考えていかなくちゃいけない問題だと思うんです。だって人が一番、山も自然も壊しているんだから。ソーラーパネルってどこまで山の中に作るんだろうと思う。自然を最も破壊している人は駆除できないけど、鹿は駆除できる。それってフェアじゃないって感じしませんか?だから、すごく難しい問題なんですけど、鹿の増加が生態系を変化させているっていうのは間違いない。

僕も先日、長野の山を見にいきましたけど、そのとき、イギリスから留学していた人も参加していて、その人に言わせると、イギリスはもう山を全部削って畑にしちゃっている。でも、日本は恵まれていて、まだ国土の6割、7割が森であると。だから、鹿の増加に伴う変化って日本独自の問題なのかもしれないし、世界の人に共感してもらえないかもしれない。だからなおさら難しいんですよっていう。自分たちで考えていかなくちゃいけないし、答えはわからないけど、今、日本の山や森がどういうことになっているのかを知ることって絶対大事、本当に大事だと思います。

森というのは、人の寿命とは全然違うサイクルで生きているから、10年、20年のサイクルではなく、何百年単位でみないといけないじゃないですか。だから、現在の鹿の増加の問題が結果、良かったんじゃないか、それとも、森にとってはダメージだったじゃないか、その答えは何百年後かにわかってくる問題だったりする。そこまで難しい問題ですけど、でも今現在、鹿は駆除され続けているし、廃棄され続けている。産業廃棄物として焼却処分されていて、そこには環境コストの問題だったり、税金の投入だったり、会社のコストとして肉の値段に乗っかったりしている現状がある。有効利用できれば、廃棄のコストを省くことができるから、やれることはやったほうがいい。僕はそう思って活動しているだけです。

今、鹿の皮だけじゃなく、魚の皮もね、これ、すごく面白いんですけど、みんなでなめし始めているんですよ。こんな小っちゃい魚の皮をなめしたりして、一生懸命、環境コストをどう削減していくか、自然の命をどう有効活用できるか、考えている。まあ、皮で儲けることは難しいと思うんですけど、有効活動して、なおかつ使い捨てにならない、きちんと使ってもらえるようにすることが大事なんじゃないかなと考えています」

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──momijiではそのあたりの提案をされていますね。

「いや、実際には大変です。正直、今はトマト農家の活動しか発信していないです。鹿の皮のことを説明するとなると、動物愛護の観点からの配慮もしなくちゃいけない部分があるので。

昔、膠という天然の接着剤を動物の皮から得ていて、その天然の接着剤は大昔から使われてきて、命を無駄にしていなかった。獲った皮は全部有効利用して、医療とか、接着剤とか、薬とかを製造していた。その状態に戻れば一番シンプルなんですよね。無駄に捨てちゃって地球に負荷をかけている。そういうところをみんなで一緒に考えていければいいなと思います」

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川っぺりムコリッタ

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荻上直子監督がNHKの「クローズアップ現代」の“ゼロ葬”についての特集(※「あなたの遺骨はどこへ~広がる“ゼロ葬”の衝撃~」2016年放映)を見て、どこにも行き場のない遺骨があることを知り、そこから発想を得て書いた同名小説の映画化。

刑務所で30歳を迎えた山田は、出所後、北陸のとある塩辛工場で働き始めることに。 川べりにあるムコリッタという名のアパートで暮らし始めた彼は、ある日、役所から、顔も覚えてもいない父親が孤独死をした連絡を受け、遺骨の受け取りを促されるが……。生きる意味を見出せずにいる山田に何かとちょっかいを出してくる隣人の島田ほか、ハイツムコリッタの個性豊かな住民たちが緩やかに山田を見守る姿を優しく描く。

脚本・監督:荻上直子
出演:松山ケンイチ
ムロツヨシ 満島ひかり
江口のりこ 黒田大輔 知久寿焼 北村光授 松島羽那
柄本 佑 田中美佐子 / 薬師丸ひろ子
笹野高史 / 緒形直人
吉岡秀隆

2021年製作/120分/日本
配給/KADOKAWA

© 2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会

9月16日(金)より角川シネマ有楽町他、全国にてロードショー公開

『川っぺりムコリッタ』公式サイト

撮影/菅原有希子
ヘア&メイク/勇見勝彦(THYMON Inc.)
スタイリスト/五十嵐 堂寿
シャツ¥93500、パンツ¥159500、靴¥107800(すべてブルネロ クチネリ/ブルネロ クチネリ ジャパン☎︎03-5276-8300)
※全て税込価格

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