「SNSでの声援」が届いて初タイトル
「いつもリーグに残留することが一つの目標でした。(タイトル獲得どころか)挑戦できるとは思っていませんでした」
謝辞に立った紋付き袴姿の木村一基は、マイクの前で謙虚にそう述べた。
2019年12月6日。東京・日比谷公園にあるレストラン「松本楼」で将棋のタイトル「王位」の就位式が開かれた。集まった棋士やファンは約240人。私も取材で足を運んだが、会場からあふれるほどの人の多さに面食らったことを記憶している。
盛況の理由は明白だった。当時46歳の木村にとって、これが初めてのタイトル獲得だったからだ。実に7回目のタイトル挑戦での悲願達成。「これだけ棋士が集まったのは木村さんだからでしょうね」。会場で会ったある棋士は、そうつぶやいた。
木村はあいさつの中で、王位戦七番勝負の前夜祭に出た際に多くの人の応援に気づいたと明かしつつ、こう述べた。
「SNSの応援の声も届いてきました」
「(将棋)ソフトやSNSに救われました」
今や有名無名を問わず、多くの人たちがSNSで気軽に情報を発信する時代だ。数あるSNSの中でも、特に幅広く受け入れられているのはツイッターだろう。大勝負の日ともなると、対局開始前から将棋ファンの熱い声援が飛び交う。そんな「光景」は、今や当たり前になった。
名人も保持していた豊島将之に木村が挑んだ七番勝負は、普段以上の盛り上がりが感じられた。その年の9月26日、3勝3敗で迎えた最終局を木村が制すると、ツイッターのタイムライン上には「おめでとうございます」「泣いちゃう」と喜びの声があふれた。
ファンからのそうしたエールを、木村はしばしば目にしていたという。具体的にどう受け止めていたのかを今回改めて尋ねてみると、こんな言葉が返ってきた。
「力になりました。下馬評は不利、という言葉が多かったので、応援していただている声が意外と多かったように思いました」
ユーモアあふれる解説で人気を博す一方、自身の将棋について語る時の木村は極めてリアリスティックと言って良い。そんな木村の心を動かした応援の力の大きさは、いかばかりか。「SNSに救われた」という言葉は、努力の上に努力を重ねたトッププロならではの実感だったように思えてならない。