安倍暗殺の背後に広がる「失われた30年」
BBCはさらに、山上容疑者がいわゆる「就職氷河期世代」に属し、非正規雇用者の苦渋を背負ってきたことに触れつつ、「日本では『勝ち組』と『負け組』を区別する。山上(容疑者)の背景が明らかになってから、ネット上では『彼は典型的な負け組』というコメントが早くもあがった」、「最近の日本は、ジョーカー的な凶暴犯罪は社会に恨みをもつ失業中の男性に多い」と指摘し、日本のマクロな社会経済的背景と犯罪傾向をリンクさせている。
ジョーカーとは映画『ジョーカー』(日本公開2019年)のことで、山上容疑者は韓鶴子旧統一教会総裁に対する、火炎瓶襲撃行為が未遂に終わった前日の10月5日に、名古屋で同作を観て共感したことをツイッターに投稿している。
映画は母と二人で困窮生活にある心優しい道化師の主人公が、不遇や社会差別などを経験し、社会に復讐を果たすというもので、母との繋がりが山上容疑者の境遇と重なり合う。
BBC電子版には「社会的に助けが必要な人でも、もっと自分で頑張れといわれる。それがダメなら家族が助ければよいとされる。でも、山上(容疑者)のように家族も崩壊している場合は誰も助ける者はなく、人は社会から見捨てられたと感じる」という、若者の貧困と労働問題に取り組むNPO法人POSSE渡辺寛人事務局長コメントも紹介されているが、その言葉が正鵠を得ていると感じるのは私だけだろうか。
安倍元首相の暗殺事件直後から、SNSやネット言論では統一教会という固有名詞が飛び交うなか、テレビ・新聞は一切言及を避けた。参院選の投票直前という要素はあったにせよ、多くのメディアが自らつかんでいる重要な事実を国民に知らせない異様な状況が続いていることが改めて明らかになった。
現在、日本ではこの30年来の保守政治とカルト宗教の関係に大きな注目が集まっている。しかし、世界のメディアが着目したように、事件の背後に「失われた30年」による深刻な社会的断絶が広がっていることを忘れてはならない。
文/小西克哉 写真/共同通信社