「不本意な独身者」=インセルという語り方

次に顕著な違いは、山上容疑者をめぐる語り方(narrative)だ。

日本では山上容疑者の鑑定留置が決まった7月下旬以来、容疑者自身に関する報道はめっきり少なくなった。とくに、自衛隊時代の情報や個人の性癖についての報道はピタリと止んでいる。メディアにとって、拘留満期の11月29日まで「扱いの悪い」ネタになったわけだ。そのため、いまでは報道の中心は山上容疑者の周辺情報から、保守政治とカルト(宗教)2世の問題に移っている。

だが、海外の報道にそうした遠慮は見えない。米国のニューヨーク・タイムズ紙は、山上容疑者のツイートの一部を「長たらしい反韓言説やインセルカルチャーについての女性嫌悪的な断想」(7月23日電子版)と表現した。

インセルとはinvoluntary celibate(インセル)のインターネット言論上の略語で、不本意にも異性と恋愛・性愛的関係を持てない独身男性のことだ。アメリカでは主に白人男性に多く、女性嫌悪、人種差別、人間不信、ルサンチマン、勝ち組への暴力肯定感を持つといわれている。

いわゆる、「インセル/非モテ」の絶望感と犯罪との関連については、ネット言論はともかく、テレビなどでは微妙に扱いづらいテーマだ。
 
また、BBCは「日本は長く、宗教組織の子どもたちの人権を無視してきた。(日本の)制度は私たちを守ってくれない。信仰の自由は踏みにじられ、日本政府はこれを単に『家庭の問題』と片付ける」(7月23日電子版)とのカルト(宗教)2世らしき人物のコメントを引用し、山上容疑者の境遇に迫っている。 

ちなみに日本は国連の「子どもの権利条約」を28年前に批准している。虐待や放置などとともに子どもの思想・信仰の自由も、家庭にかぎらず社会の問題として扱うことに同意しているのだ。それだけに日本メディアが山上容疑者の「不本意な独身者」(インセル)ぶりを社会問題として語らない理由はないはずなのだが。