俳優の演技と演出が、物語をさらに掘り下げる
ところで、作品が映像化される際、原作者はいったいどのようにプロセスに関与するのだろう? 池井戸氏に尋ねると、「作家によってそれぞれ、やり方はあると思いますが……」と前置きした上で、自身のポリシーを語った。
「僕は、基本的には映像化に許可を出してからは製作側にすべてお任せで、極力口出しはしないようにしています。頼まれて脚本に目を通すことはありますが……いや、相当口も出すかな(笑)。やはり、先ほども述べたようなビジネスシーンが穴だらけだったり、どうにもならない矛盾があったりするとそのままでは撮影が難しいですし、作家という職業柄、構成はやっぱり気になるし……。とにかく、原作があるにも関わらず、それとはかけ離れたものを作られたりすると困ってしまいますから」
しかし、映像ならではの“マジック”を感じたこともある、と池井戸氏。紙に書かれた言葉が俳優の身体を通って出た瞬間に生まれる新鮮な感動に、何度か目を見開かされた。
「脚本上ではベタで陳腐に見えた台詞が、俳優さんが実際に演技して言葉で発したときにものすごい威力を発揮し、“ああ、これはありだな”と思えたこともありましたね。演じる俳優と演出する監督のセンスによるところが大きいかもしれません。作家の中でのキャラクターは、もちろん大切な存在ではありますが、外見や表情などの具体的な像はけっこうぼんやりしていたりするんです。でも、映像ではいきなりその姿で出てくるわけでしょう? 俳優の方々の演技によってそれらが明らかになり、物語世界がさらに掘り下げられることもありますね」
主演を含め、俳優のキャスティングについては、「あまり詳しくないこともあって、口出しはしません」と池井戸氏。しかし、この人が演じたらいいのでは? と密かに考えていた俳優が実際にキャスティングされ、驚いたこともあったという。
「誰のことかは想像にお任せしますが、あの一致には本当にびっくりしました。『アキラとあきら』に主演してくださった竹内涼真さんは、『下町ロケット』『陸王』(ともにTBS)に続いて僕の作品は3度目になりますが、場面ごとに山崎として細やかな感情表現をされていて、ああ、本当にいい俳優になられたんだなと。横浜さんははじめてでしたが、やや屈折した映画オリジナルの階堂のキャラクターをきちんと作って演じてくださった。2人ともそれぞれ適役でしたし、ドラマに続いて階堂の父を演じてくれた石丸幹二さん、僕が個人的に気に入っている階堂家のダメな叔父の晋と崇(ユースケ・サンタマリア、児嶋一哉)も含めて、すべてのキャストの方々が誠実に演じてくださったのも印象に残っています。台詞と芝居の力で2時間8分を見せた、素晴らしい力技でした」