下の名前も興味深い
稀少姓以外でも、高校野球における名字にまつわる不思議さ、面白さはたくさんある。たとえば同姓が固まる地域があって、岩手県もそのひとつ。
「98年の岩手県大会初戦に登場した遠野高校。先発メンバー9人のうち7人が『菊池』姓でした」
県大会初戦から名字をチェックしている森岡さんにやや引くが、筆者も同姓選手の多さ困惑させられたことがある。14年出場の山形中央高は、ベンチ入り選手18人のうち「高橋」姓が4人、「阿部」姓と「佐藤」姓が2名ずつ。しかし試合の途中で高橋姓の選手と佐藤姓の選手が交代したり、高橋姓4人のなかに双子がひと組いたりと、「いま打ってるの誰やねん」と、観戦取材をしながら混乱した。
「固まるはずがないのに固まったのが、福岡の東筑高です。夏の甲子園に6回出場しているんですが、そのうち4回のエースが石田姓なんです。かといって福岡でとくに石田姓が多いわけではありませんから、不思議です」
興味は名字だけてなく、下の名前にも及ぶ。親が甲子園で活躍した選手にあやかって自分の子どもに付けるというパターンがある。たとえば松坂大輔さんの名前は荒木大輔さんから来ていることは有名だ。その松坂さんが横浜高校のエースとして活躍した98年生まれの選手がいた15年の夏の甲子園。「大輔」選手が6人いて、そのうち私が確認できた3人は松坂大輔由来だった。ちなみにその年は「翔」と書いて「しょう」ではなく「かける」と読ませる選手が4人いて、そのうち2人は木村拓哉さんが主演したドラマの役名から取られていた。「ドラマ由来」というのもあるのだ。
最後に、今大会の出場選手をチェックしていた私が「この子は、毎回テストで名前を書くの大変やろ……」と思わず同情してしまったのが、興南(沖縄)の主将、禰覇(ねは)盛太郎選手。森岡さんいわく「沖縄ではとくに珍しい名字ではありません」ということだが、名字だけで画数が38(19+19)画もある。さっきの二十八君が名字を書き終えたときにでもまだ「禰」の偏しか書けていない。興南は初戦で、劇的なサヨナラ押し出し死球で敗れた。試合後、ベンチ前で涙を流す投手の両肩を笑顔で叩いて慰める禰覇の姿があった。
取材・文/神田憲行 取材協力/森岡浩