終戦は決まっていても空襲が…

八月十四日、羽生の家に戻った私は、父に敗戦のことを話したが、父は「そうか」と一言、言ったきりだった。父は、口には出さなかったが、そのことを予想していたのだと思った。

でも、もうひとつ、思いがけないことが起こった。その夜の熊谷の空襲だ。私の町、羽生の上をB29爆撃機の大編隊が通っていったのだ。

「何故、今夜、空襲をするの? 終戦と判っているのに、何故なの? 何故こんなことをするの?」

私は怒りで一睡もできなかった。熊谷には、私の学校時代の友達もたくさん住んでいる。私はそのことが気がかりで、自分の膝小僧を抱え、震えていた。

八月十五日の朝、あの日は空が真っ青で、ギラギラと照りつける太陽が暑かった。人声が聞こえず、蝉の声だけが聞こえた。そして私は、心も体も全く空っぽだった。

『あの日を刻むマイク ラジオと歩んだ九十年』(集英社)
武井 照子
【終戦記念日】戦時下で20歳の女性アナウンサーが体験した玉音放送前夜の真実_1
2022年7月20日発売
770円(税込)
文庫 352ページ
ISBN:978-4-08- 744412-4
大正から令和へ──。97歳が自身の手で綴ったラジオと日本の歴史。
ラジオ番組の制作者として、長年日本語の「声」を追求してきた武井さんの自分史が、公の歴史に埋もれずに、生き生きと描かれています。谷川俊太郎

一九四五年八月十四日、当時二十歳のアナウンサーだった著者は、ラジオアナウンス室に集められてこう言われた。「明日、日本は負けます。もし何かあってもあなたたちは自分の身を守りなさい」。大正時代に生まれ、豊かだった幼少期から戦争を経て、高度経済成長期、東日本大震災、平成から令和へ。"NHKで働く母親第一号"として、ラジオの歩みとともに、日本の歴史を見続けた女性の人生。
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