日露戦争前夜から第二次大戦までの半世紀を描いた、超巨編『地図と拳』。
小説すばるにて連載されておりました本作が、このたび遂に単行本として刊行されました。
物語の舞台となるのは、満洲の名もなき都市。
その地を巡って、国家の、人々の思惑が交錯していきます。
刊行を記念して、著者の小川哲さんと、小川さんの大ファンである新川帆立さんに対談していただきました。
※なお、作品全体への言及をさせていただいておりますため、ネタバレ等にはご留意いただけますと幸いです。(編集部)
聞き手・構成/大森 望 撮影/キムラミハル
――小川さんの大作『地図と拳』がついに完成したということで、今日は大の小川哲ファンだという新川帆立さんをお招きして、刊行記念対談をお願いしたいと思います。新川さんのほうも5月に『競争の番人』が出たばかりで。
小川 おまけにまたドラマ化。
――『元彼の遺言状』に続いて月9でドラマ化。7月には『先祖探偵』も刊行予定という、破竹の勢いの新川さんです。
新川 この対談、「何でこの組み合わせ?」って思っている方が多いでしょうが、小川さんとは麻雀卓を囲んだ仲ということで、のこのこ出てまいりました。地図が読めない女、新川帆立です。
小川 僕はつい先日、逢坂冬馬さんと『SFマガジン』で対談したんですよ。売れっ子の作家にどんどん寄生していこうと(笑)。「売れてる人が読んだらしいから、俺も読もう」みたいな人が増えるといいなって。
新川 小川さんは圧倒的先輩なので、相手が私でいいのかと思いつつ。
難産の理由
――『地図と拳』はたいへん難産というか、最初、『小説すばる』に連載しはじめたときから言うと……4年?
小川 初回掲載が2018年10月号なので、4年近くですね。1年連載して、1年休載して、また1年連載して、そこから半年ぐらいかけて単行本化の作業をしたって感じですかね。確かに大変でした。
――思った以上に難産だった?
小川 休載したのは、短編集の『噓と正典』と重なったせいですね。表題作を書き下ろしたり、他の短編に手を入れたりの作業を『地図と拳』の連載と並行してやらなくちゃいけなくて、もう頭おかしくなりそうだったので、一回休ませてくださいってお願いして。でも、その間ただ休んでいたわけじゃなくて、それまで書いた1年分の連載原稿、納得いってなかった部分をぜんぶ修正した。基礎工事からやり直した感じです。
新川 率直に聞きたいんですけど、これってプロットつくっているんですか。
小川 いや、プロットはつくらずに書いたんです。だから、道が続いてるかなと思って書いていたら袋小路だった、みたいなことは結構頻繁に起こって。
新川 地図なしで歩いていたんですね。
小川 そうですね。
新川 下調べはどのぐらいかかったんですか? 明らかに大変ですよね。
小川 でも、連載前に勉強した量で言うと、そんなに多くない。そもそも僕、高校でも世界史とってなくて、ほぼゼロの状態だったので、そこから一応ちゃんと勉強しつつ。でも、基本的には書きながらわからないことを調べる場合が多いし、そのほうが効率いいですよね。書いてみないとわからないことっていっぱいあるんで。戦前とか戦中の小説だと、登場人物が道を歩いているとき、この時代の街灯って電気なのかガスなのか、そもそも街灯があるのかないのか、そこから調べなきゃいけない。暖房手段はストーブなのか薪(まき)なのかガスなのかとか。そういうのが地味に大変でしたね。
新川 書き手目線で考えると、めちゃくちゃ大変そうです。
小川 建築のことも全然知らなかったので、それも勉強しました。僕、勉強するのが好きなんで、わりと。
新川 私も資料読むのは好きなんですけど。
――今日の対談は、東大を出た人同士だけあって、二人とも勉強が好きなんですね(笑)。
新川 資料読んでると、そっちが楽しくなっちゃって、いつまでも書き始めなかったり。
小川 確かにね。僕はそれで3年以上かかってしまった。なのに新川さんはもう何冊も出してる。
――でも、新川さん的には、逆に、1冊に3年も4年も時間をかけられるのがうらやましいと言ってましたね。
新川 ほんとそうです。対談で言うのも何だけど、わたし、3年、4年かけて1冊書くみたいな作品をとくに求められてなくて。
小川 求められてないでしょうね。
――手っ取り早く現金化したい換金作物みたいな。
新川 さすがにそれは言い過ぎですが(笑)。
小川 僕の場合も、編集者はとっとと出してほしいと思ってると思いますよ(笑)。僕が勝手に3、4年かけてるだけなんで。新川さんは原稿を書いてしまうから本が出ちゃうわけで、「書けません」って言えば本は出ない。
新川 それ、すごいですよね、そのメンタル(笑)。3年出さなかったら、「俺、干されるかも」とか思わないんですか?
小川 それはないですね、まったく。10年出さなかったら干されるかもしれないけど。それに、3年出さないっていっても、3年間まったく仕事してないわけじゃなくて、雑誌に短編とかは書いてるし、『地図と拳』の連載も進んでるし。結局、干されるかどうかって、面白い小説が書けるかどうか。面白い小説書く人って、1冊に何年かかっても、仕事はあると思うんでね。飛浩隆さんとか。
新川 間隔があけばあくほど、次回作のハードルが上がるじゃないですか。これはすべれないみたいな。
小川 でも、それで言うと、すぐ出すからすべれるみたいな意識も僕はあんまりないんで。全部の作品すべりたくない。
新川 私はちょっとすべったなって思ったら、たくさん書いて薄めるしかないみたいな気がして。
小川 そういう発想もあるんだ、なるほど。とはいえ僕も、こういうふうに3年もかけて一冊の本をつくるのは、たぶん、この先しばらくはないですね。『地図と拳』は、『ゲームの王国』のときに自分の中でやり残した課題をやるみたいな感じだったので。だから、プロットもつくらず、行き当たりばったりで書きながらテーマを見つけて、それをどんどん重ね合わせていった。あえて『ゲームの王国』のときと同じやり方をしたんです。当時よりも作家としてのスキルは上がっているだろうから、いま同じことをやったら、小説技術的な面で、もっといいものができるんじゃないか。それが『地図と拳』を書くときの個人的な課題でした。その課題はもう済んだので、今後こういうつくり方することはないなっていう感じですね。
――話のつくりかたにも『ゲームの王国』と重なるところがありますね。一度だけ偶然出会った主人公格の男女が時を隔てて再会するとか。ダンスホールの場面なんか、『ゲームの王国』にわざと寄せてるみたいな印象があって。姉妹編的な感覚なんですか?
小川 姉妹編ではまったくないですけど、『ゲームの王国』はほんとに何もわからない状態から、自分に何ができるかを見つけながら書くみたいな感覚だったんで、あのときに使ってうまくいった技術とか、これ使うと楽だなと思った展開の仕方とかは、今回、使えるだけ使いました。同時に、そこから自分の実力が上がったと思ってるものを使って、『ゲームの王国』に足りなかった部分を埋めるみたいなイメージで。ガワは全然違うけど、展開の仕方とか話のつくり方に関しては、『ゲームの王国』で見つけて自分が得意技にしている手法を使ってる箇所は結構あるかもしれないですね。