信用を得るためには「よその話はしない」が鉄則

――「信用される」ことは、ビジネスの現場でも非常に重要だと思います。ヤクザに自らを信用させるうえで心がけていたことはありますか。

まずは、相手のことを深く知ることです。特に大切にしていたのは組織の沿革。ホシの組織の成り立ちから、今に至る流れを徹底的に勉強します。それが相手の心を開かせる第一歩です。

ビジネスでも同じじゃないですか。商談の相手が自社の歴史や商品に精通していれば、「信用できる人だな」と思うでしょう。

――たしかにそうですね。

私は現職時代に、ヤクザ実録物の映画や書籍に片っ端から目を通しました。それに、ホシを逮捕する前には、相手組織の歴史を改めて見直して取調べに備えたものです。若いヤクザもんは組織の歴史を知らないことが多いから、こちらが教える側になることもありました。「お前のところの初代はな…」とかいって懇々と語ると「へぇー」と感心されるわけです。

――相手を上回るほど、相手の組織について知るようにした、と。そのインプットを面倒に思ったり、手間を惜しんだりする人は多そうですが……。

ダメダメ。そこは惜しんじゃいけないんです。仮に簡単な基礎知識だけ大まかに把握したとしても、人間は一人ひとり違いますから、基礎知識だけではカバーしきれないコミュニケーションも当然出てきます。

その部分に対処するためには、深い勉強が必要になる。新卒の入社面接を受けるときは、その会社のことをしらみつぶしに調べるでしょう。それと同じ姿勢で臨まないと、本当の意味での信用は得られないと思いますよ。

数多のヤクザを自供させてきた元マル暴刑事の「コミュニケーションの極意」_2

それともう一つ、信用を得るうえで重要なのが「よその組織の話はしない」ということです。例えば、稲川会のホシには稲川会の話しかしない。「住吉会はこう、山口組はこう」なんて話は絶対にしません。もちろんさまざまな組織の情報は入ってくるので知っていますが、それは絶対に言っちゃいけないんです。

――それはなぜでしょう。

例えば、商談の席で、相手の会社の競合他社の内情をペラペラ話したとしますよね。相手はどう思うか。「この人はウチのことも他社にペラペラ話すんだろうな」と思われますよ。すると相手は心を閉ざして、本音を話さなくなる。信用は一気に崩壊します。

ヤクザもんも同じで「この刑事は口が軽いな」なんて感じたら、絶対に身を固くしますね。だから私は、取調べでホシに「他の組はどうなんですかね」と話を振られても、「分かんねえなあ」「どうだろうなあ」と必ずはぐらかしていました。

――話しすぎる方の背景には、自らの優秀さや知識量を誇示したい自己顕示欲があるような気もしますが。

いくら「俺はすごいんだ! 頭がいいんだ!」と誇示したところで、「お前に興味ねえよ…」と思われたら、交渉はそこで終わりでしょう。目指すべきなのは、優秀さを分からせることではなくて、信用されることです。人間として信用されれば、何も働きかけなくても、自然と相手から本音を話してくれますよ。