人種問題とメディア

大坂もまた、インタビュアーに「質問と違うことを言います。すみません」と言うと、ときおり涙を拭いながら、「みなさんがセリーナを応援していたことは知っています。こんな終わり方になってしまい残念です。ただ、試合を観てくれてありがとうと言いたいです。ありがとうございました」と消え入るような声で述べ、小さくお辞儀をした。

そして家族への感謝の後に、「全米オープンの決勝でセリーナと試合をすることは、ずっと私の夢でした。だから実現できてすごく嬉しいです。あなたと試合ができたことを本当に感謝しています。ありがとう」と言いながら、ウィリアムズにもお辞儀をしたのだ。

日本のメディアでは、ウィリアムズを「主張するアメリカ人」や「怒れる黒人女性」の典型のように誇張しながら、大坂の健気さや慎ましさを称える論調が目立った。

たとえば『日本経済新聞』(同年9月9日配信)のスポーツ記事は、ウィリアムズについては詳細を説明することなく「イライラを爆発させ、警告を受けた」とだけ言及する一方、大坂が勝利した瞬間を、「ジャンプも叫び声もない、あまりに静かな喜び方がシャイな大坂らしい」と評した。大坂については「柔らかな笑顔」や「無邪気」といった表現も出てくる。

また『朝日新聞』(同日配信)の記事は、ウィリアムズが主審を「口汚く罵倒し、1ゲームの剝奪を言い渡された」と描写し、表彰式で彼女が「自身の立ち居振る舞いが恥ずかしいと気づいたのか」観客を制したとある。大坂については、「観衆にとつとつと語りかけると、称賛の拍手が20歳のヒロインを包んだ」と記している。

これらの記事は、テニス界における人種差別・性差別と長年闘ってきたウィリアムズの正当な抗議を個人の感情の問題に矮小化し、大坂とは無縁のものとして対置することで、結果的に大坂の「日本人らしさ」を強調した。大坂は「騒動」に動じることなく勝利を収めた上に、表彰式でも記者会見でもわきまえて物言わなかったからこそ、「日本人」として認められたようでもあった。