「高校の時、120%上からやらされている野球で勝てた。だから、厳しくすればするほど強くなるという錯覚に陥っていました。でも、それでどれほど野球が上手くなったのか。結局、自発的にやれていなかったら、楽しさも生まれてこないし、上達もしません」
功成り名を遂げても、指導法を磨き続けている。ビジネス書を読めば、野球に結びつけようとする。プロに羽ばたいた卒業生と話せば、会話から練習方法が正しいか省みる。
時代は平成から令和へ。岡田がいまなお、高校野球の指導者として、ひときわ光彩を放つのは、過去にとらわれることなく、柔軟に考え方を変えていけたからだろう。
旧態依然の慣習も撤廃。全ては全国制覇のために
近年、姫路近郊の有力な中学生が大阪などに流出してしまうケースは珍しくなくなった。岡田は首をかしげる。「なぜ人気がないのか」。指導方法か、組織のあり方か。目を向けた1つは意外にも「保護者」だった。
「『当番』をなくしました。履正社なら生徒がしている簡単な仕事です。保護者がすることを全部なくしました」
お茶出しなど保護者の負担が大きく、小・中学生の野球でも悪弊として指摘されている。保護者の大変さが周囲に伝わっていけば、中学生にも敬遠されかねない。旧態依然の慣習を撤廃した。
永続的に強い組織をつくるため、良い人材を取り込むことは欠かせない。魅力のあるチームにだけ、人は集まってくる。そのために指導体制も整えた。LINEやTimeTreeなどのアプリも活用してコーチやトレーナーと情報共有するようになった。そして、コーチやトレーナーを信頼する。
「トレーナーから『この選手を3日間休ませてください』と言われたら、そうします。ここまで私1人でやってきたわけではありません。履正社では周りのコーチ陣に助けていただいて、日本一になれたので」
全体を俯瞰する立場の指揮官が細かい仕事を抱え込めば、周りが見えなくなる。理想的なリーダーの姿を体現しようとしている。
桜が咲き誇る4月2日、岡田は初めてナインと顔を合わせた。円陣の前で「強い東洋大姫路復活のために、プレーするのは君ら。そのつもりでグラウンドに出てきてほしい。もう1度、優勝して優勝旗を持って帰る」と誓った。しなやかに、力強く。岡田流の改革で、若者たちと新しい夢を描き、復活への道を歩む。
画像提供:八海 耕