ガレージで続けていた“作業”
臼田被告の部屋には複数の大型モニターが並び、机には書類や薬、ゲームのコントローラー、調味料の瓶などが雑然と置かれていた。父親が語ったのは、独学でさまざまな技術を身につける息子の姿だった。
「息子はなんでも器用にやるから、モノを作るのが得意でメカに強いんですよ。(事件に使われた)軽自動車も、十数年間、あれ一筋。自動車整備もできるから、車検も自分で通していました。独学ですね。小型船舶の免許も持っていて、以前はヨットもやってましたよ」
その軽自動車を停めていたのが、自宅脇のコンテナ型のガレージだ。取材時には段ボール箱や布類、フードデリバリーのリュックなどに交じり、透明なガラス瓶や赤いポリタンクが残されていた。父親はガレージの中で、こう説明した。
「ポリタンクや見慣れない工具を息子が買うようになったのは5年よりは前のことです。その後しばらくして、ここで何か“作業”をするようになったんです」
父親は、このころから事件の準備をしていたのではないかと推測していた。事件前には、仕事や飲酒の習慣にも変化があったという。
「息子はコロナ禍の時から、複数のサービスを掛け持ちして飲食の宅配をやっていました。週に5、6日は終日働いていました。それが、半年ほど前までにこれらの仕事を全部やめたんです。以前は心配するほど毎日酒を飲んでいたのですが、同時期に酒量もかなり減りました。このころから計画を具体的に練っていたんじゃないですかね」
かつては食事を作り、穏やかに暮らしていた父子だったが、事件前にはほとんど会話がなくなっていた。父親は必要な連絡をメモに書き、息子の目につく場所に置いていたという。
同じ家で暮らす父親にも考えを語らなくなった臼田被告。事件から約2年後の法廷でも、起訴内容への認否を自ら明らかにすることはなかった。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班













