標高599メートルの登山でも十分に…
まして、小学校低学年の子どもであれば、大人と同じペースや体力を前提に登山することはできない。疲れを訴えた時点で、そのまま登山を続けるのかどうかをあらためて考える必要があったはずだ。前出のアウトドア用品関係者は、こう続ける。
「先日、7歳の娘と高尾山に登りました。娘にとっては、それが初めての登山でした。数日前から天気予報を確認して、雨の心配はないか、暑くなりすぎないかを見ながら、当日の娘の体調も含めて『今日は無理なく歩けそうだ』と判断して出かけました。
高尾山は標高599メートルですが、ケーブルカーやリフトもあります。それでも子連れの登山は大変です。もし途中で娘が疲れたり、もう歩けないとなったりしたら、予定を変更して下山することも最初から選択肢に入れていました。
山頂にたどり着くことだけを目的にせず、無理なら途中で切り上げて、ふもとで遊んで帰ってもいい。そのくらいの気持ちでいたからこそ、親子で初めての登山を楽しむことができたのだと思います」(前同)
今回、男児が見つかったのは山小屋付近だった。しかし、山では天候や気温、視界などの状況が短時間で変わることもある。まして7歳の子どもが一人で残されれば、道に迷ったり、体調を崩したりする可能性も否定できない。
父親がどのくらいの時間、どのような状況で男児を待たせるつもりだったのかなど、限られた情報だけで父親の行動すべてを断定的に評価することはできないが、一方で、富士山6合目で7歳の男児が一人になり、山小屋関係者が気づいて警察に保護される事態になったことは事実だ。
「小学生にとっては、身近な山を歩いたり、川辺で生き物を探したり、季節ごとの草木を観察したりすることも、十分に心に残る自然体験になります。
富士山のような高い山に登ることだけが、価値のある自然体験ではありません。大人の目標に子どもを合わせるのではなく、その子の体力や経験、その日の体調に合わせて、無理なく楽しめる場所を選ぶことが大切です。
山頂まで行けなくても、一緒に歩いて、一緒に景色を見て、無事に帰ってくる。それだけでも子どもにとっては十分に特別な経験になると思います」(前同)
登山では、ときに「山頂まで行く」ことを諦める決断が必要になる。
とりわけ子どもを連れているとき、大人に求められるのは、自分がどこまで登りたいかではなく、目の前の子どもがどこまで安全に歩けるのかを見極めることだろう。
山頂を目指すことよりも優先すべきものは何なのか――。
今回の出来事は、子どもと山に登るすべての大人に、登山の目的と安全についてあらためて問いかけている。
取材・文/集英社オンライン編集部













