「平和の街で、誰一人として取り残さない」これが新たな出発点
前例のなかったマツダスタジアムでの車いすを伴う始球式は、カープ球団、スタジアム、そして三次市長たちの尽力によって実現した。
球場スタッフたちも階段を登るために車いすの中野さんを2人がかりで持ち上げた。カープの坂倉将吾選手は同じユニフォームを着る中野さんへサインボールを贈るとともに「頑張って!」と声をかけてくれたという。
中野さんは、実感を込めて感謝の思いを語った。
「広島という平和の町で、誰一人として取り残さないというインクルーシブな思いが強く感じられて……自分達とは違う人を特別視するのではなく『みんな一緒にやろうよ』という思いが会場を一つにしてくれた。私もみんなと一緒なんだと思えた温かな時間でした」
彼女はこの経験を「ゴールではない」と続ける。実際に投げてみて、体重移動の難しさや、体幹の弱さを実感したのだ。
「今は、立って投げられることが証明できただけだと思います。また冬には自分の中で目標を立てていますし、そこに向かって頑張ろうという私にとっての『新たな出発点』になりました」
彼女は自分の力で立つことを諦めない。インタビューが終わろうとする時、どうしても伝えたいことがあると、熱を持って切り出した。
「多くの方々のサポートがあったから私は投げることができました。市長やマツダスタジアムのスタッフ、両球団の選手たち。障がいの有無に関わらず当日チケットを取って観に来てくれた友人。私に合わせてリハビリをしてくれる先生。私が投げるために日々の練習から付き合ってくれた家族。本当にいろんな人に支えられていて、それが頑張れる源になっている。全ての人に心から感謝を伝えたいです」
一つの白球が、観客、プロのスター選手、そして一人の障がいを持つ女性の心を一つにした。歴史に残る一球入魂に心が動いた瞬間であった。
取材・文/小島ゆう
(写真提供/中野由佳さん)












