全力の一球に敬意を込めたフルスイング

本番当日、三次市の公式アンバサダーを務める元SKE48・藤本冬香さんのサポートを受けながら、中野さんはグラウンドへと進む

投球する場所へ向かう中野さんと三次市公式アンバサダーの元SKE48・藤本冬香さん(写真提供/中野由佳さん)
投球する場所へ向かう中野さんと三次市公式アンバサダーの元SKE48・藤本冬香さん(写真提供/中野由佳さん)
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「歩行器を持ったり、それを投げる場所に設置したり、車いすのフットレストを上げたり……障がい者だからといって、全部をサポートしてもらうのではなく、自分でできることは自分の力で、と。その時は、もうとにかく必死で、できることを全力でという思いでした」

観客が見守るなか、中野さんはマウンドの少し手前に、歩行器を使いながらも慎重に身体のバランスをとりながら自らの足でしっかりと立った。そんな彼女の必死な姿を応援するように「頑張れー!」「中野!」と大きな声援が響きわたる。

「グラウンドに立って、みなさんからの『中野コール』が聞こえた時、本当に力をもらえたような気持ちになりました。目の前では近本選手が優しい笑顔で投球を待ってくれていて、どうかキャッチャーまでボールが届いてほしいと思いながらボールを投げました」

そして、運命の瞬間。全身の力を振り絞って投げた白球は、バウンドしながらも、まっすぐにキャッチャーのもとへと吸い込まれていった。

その投球に対し、阪神のリードオフマンである近本選手は、豪快なフルスイングをみせる。

始球式では、バッターが投球に軽く合わせるといった光景も珍しくない。しかし、近本選手はあえて全力のスイングをみせた。そのフルスイングについて近本選手に話を聞くと、こう返ってきた。

「始球式でボールを投げることは、とても緊張することだと思います。僕も投げたことがありますが、たくさんの人に見られる中、投げるのはやっぱり緊張しました。

そんな中で一生懸命に投げてくれた一球を、しっかりと受け止めて、全力でスイングする。その気持ちが僕は大事かなと思っています。

僕のスイングは、相手には見えてなくてもいい。でも、映像をあとで見返した時に、『あ、ちゃんと振ってくれてたんだ』って思ってくれるだけでも僕はいいかなって」(近本選手)

さらに近本選手は、中野さんへのエールとしてこう付け加えた。

「野球を通して、プレーもそうですけど、こういった始球式一つとっても誰かの力になれれば嬉しいと思っています。僕自身、これからも頑張っていくので、中野さんも、自分のやりたいこと、できることに向かって頑張ってほしいです」(近本選手)

10年間の過酷なリハビリを乗り越え、自分の足で投球位置に立った中野さんの「本気」に対し、プロ野球選手としてこれ以上ない全力の「敬意」を返した瞬間であった。

近本選手の一振りについて、中野さんは、声を弾ませこう振り返っている。

「『嬉しかった』という言葉では片づけられない。本当に感激しました」