「ラーメンって、正解が一つじゃない」

新ブランドの名前は「ROKUBO TOKYO」。看板は二枚。

一つは、岡山の名店「天神そば」をオマージュした鶏主体の中華そば。もう一つは、大分県佐伯市のご当地ラーメン「佐伯ラーメン」だ。

どちらも、全国のラーメン文化を長年研究してきた樹庵さんらしい選択である。「天神そば」をオマージュした中華そばも、(大分)佐伯ラーメンも一般から見ればマニアックだ。

しかし、一つ一つはマニアックだったとしても、二枚看板で戦えば月550万円は達成可能と考えた。さらに今回の取材で印象的だったのは、新ブランドそのものよりも、その背景にある考え方の変化だった。

「昔は、各地のご当地ラーメンを“自分の技術の中で”作ろうとしていたんです」

若い頃は、「世の中にないラーメンを作りたい」という思いが何より強かった。「渡なべ」で濃厚魚介豚骨という新しいジャンルを確立したことは、その象徴でもある。

2002年創業の高田馬場「渡なべ」
2002年創業の高田馬場「渡なべ」
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だが今は違う。

「その土地のラーメンって、どういう考え方で作られているんだろう。どういう技術を使っているんだろうって、そこから考えるようになりました」

全国を歩き、店主と話し、昔の資料を読み込み、動画を見て研究する。そこで得た技術を、自分のものとして吸収していく。

「今でも『こんな作り方があるんだ』って思うことがある。それが楽しくてしょうがないんですよ」

樹庵さんの考え方に大きな影響を与えたのが、多くのラーメン職人との交流だった。

「ラーメンって、正解が一つじゃないんですよ。職人の数だけやり方がある」

以前の自分なら取り入れなかったような技術も、今では積極的に学ぶ。

「昔は余計な知識はいらないと思っていたかもしれない。でも今は違います。師匠は一人じゃない。全国にいるんですよ」

その言葉を聞いていると、「札幌 六坊」の閉店は、決して後ろ向きな出来事ではなかったように思えてくる。

失敗を経験したからこそ、新しい知識を貪欲に吸収し、新しいラーメンへとつなげていく。その姿勢こそ、24年間第一線で走り続けてきた理由なのだろう。