「建造物的な小説」と「生き物的な小説」

本谷 そうなんですね。意外ですけど、分かるような気もします。私は小説を、頭でカチッと設計された「建造物的な小説」と、どう転ぶか分からない「生き物的な小説」に分類する癖があるんですが、私はプロット否定派なので、前者の建造物的な小説にはあまり惹かれないんです。でも、3号さんの作品は、綺麗な構成を持ちながらも、なぜか嫌な感じがしなかった。建造物と生き物のミックスだなと思いながら読みました。物語が勝手に呼吸しているように読めたのが不思議だったんですが、キャラクターが勝手に動き出したことに従ったからなんですね、きっと。
 私は創作の三原則として「説明しない」「作為的にならない」「偽善的にならない」というのを掲げているんです。フィクションである以上、作為をゼロにすることは無理ですが、あとちょっと作為的になったらアウトという一線があると思っています。3号さんの小説は、作為のさじ加減のセンスが絶妙だなと思いながら読んでいました。

3号 それはやっぱり二十年演劇をやってきた経験だと思います。最初の十三年くらいは失敗の連続でしたから(笑)。でも、まだまだです。本谷さんの『セルフィの死』を読ませていただいたとき、物語の筋ではなく、言葉そのものの推進力で読ませる圧倒的な深さを感じたんです。僕もそう書きたいなと思っているんですが、難しい。本谷さんの中で言葉のことを意識していらっしゃいますか。

本谷 意識してますね。建造物的な小説って、言葉が「意味を伝えるための道具」になりがちだなと思っていて。例えば「彼が来ないから彼女は不安になった」と書けば意味は伝わりますが、私には面白くない。言葉を意味を運ぶものとして使わずに、どうやったら同じことを伝えられるんだろうっていうのを考えていて、私がたどり着いた答えは、感覚とか身体について書くことです。
 例えば、「スマホを見る。スマホを置く。もう一回スマホを見る」と書くことで、不安という言葉に終わらないものが伝えられるかもしれない。

3号 なるほど! 小説の言葉をどうすればいいのかに自分でも迷いながら書いているので、ヒントをもらったような気がします。

本谷 でも、3号さんの小説も確かに物語的な進み方ではあるんですけど、やっぱり身体の描写がものすごく入ってるんですよね。だから「え、二作目でもう気づいた?」みたいな驚きがありました(笑)。
 私が小説と戯曲の決定的な違いだと思うのは、そこに生身の役者の肉体があるかないか。戯曲は舞台になると役者の身体がありますが、小説は登場人物すべての身体を文章で一から立ち上げなければならない。『おもちゃの指輪がほしいねん』には、登場人物の息遣いや温度、汗の質感がちゃんと入っています。だから、するすると読めるのに心に残るんだと思います。それはたぶん、身体のことを意識されてるからだと思います。

3号 そうかもしれません。そもそも二十代の頃に万引きGメンのアルバイトをした理由が、万引きって演劇的だと思ったからなんです。万引き犯は周囲にバレないように、普通の客を装う演技をしていますから。
 僕には小説家としての経験値が皆無だったので、頼れるのは二十年間戯曲を書くことで培ってきた「身体を書き込む技術」だけだと思っていました。だから、配送員のバイトをした経験をもとにした一作目の『カンザキさん』でも、冷蔵庫の重さや汗の描き方にこだわりました。

身体を描くことで、血を流し込む

本谷 もう一つ、この小説には人間の心の機微が細やかに書かれていると思いました。

3号 本当ですか。嬉しいですけど、本谷さんに比べれば全然書けてないと思っていて。

本谷 私、書けないです、こんなに細かくは。人間の心を分かっていらっしゃる方なんだなと思いました。

3号 分かってるかどうかは分からないです。ただ、書くのは僕ですが、主人公のアカリが考えてることを書こうとはしています。アカリに血液を流し込みたい。だから身体の描写を意識して書いたんです。ちゃんと血が通ってないと駄目だから。
 でも、それだけだと破綻してしまうので、今までの経験で培ったドラマの枠組みの中にアカリに来てもらって、その中で、アカリの行きたい方向になるべく行かせる。うまくいくか分からないけど、みたいな感じで書いていました。

本谷 ハイブリッドなんですね。ドラマだけのものでもなく、ポストドラマというか、ドラマを否定しているわけでもない。両方入っているところが面白い。それは3号さんご自身が意識されていたんですね。

3号 実はハイブリッドを目指しています。僕が演劇をやっていた京都で、一時期、ポストドラマ演劇が流行(はや)ったんです。役者がセリフに感情を込めず、あまり動かない。それがかっこよかった。僕も影響されたんですが、途中で変えようと思い始めて。

本谷 何で動かないんだろうって?

3号 そうですね。オーソドックスな会話劇をやってみようと試してみました。そうしたら、ちょっとポストドラマ寄りの会話劇になった。『おもちゃの指輪がほしいねん』にもその雰囲気があるのを本谷さんが感じ取ってくださっていたのかもしれません。

本谷 感じ取りました。私もこんなふうに人間の心の中を細かく書いてみたい、描写の密度を真似してみたいと思いました。私、面白い小説を読むと、自分でもちょっとやってみようと思うことがあって、この作品に関してもそう思いました。

3号 そんなふうに言ってもらえるなんて、すごく嬉しいです。今日、緊張しながらここまで来た甲斐がありました。僕自身としては、今はまだ、自分の中にある戯曲の技術で書いてるので、本谷さんがされているように、もっともっと小説の技術を身につけて、小説からしか出てこない言葉で書けるようになりたいですね。

おもちゃの指輪がほしいねん
ピンク地底人3号
おもちゃの指輪がほしいねん
2026/7/6
1,815円(税込)
160ページ
ISBN: 978-4087700664
間違いない。
こいつ、やっとるわ。

「あなたを知りたい、どうしても」
失恋をきっかけに保安員、いわゆる万引きGメンとして働き出したアカリ。
捕捉率No.1の生きる伝説、タカエ師匠の教えを胸に、日夜、スーパーに現れる万引き犯たちを捕まえていく。信じられないことが山ほど起きる現場で奮闘するうち、いつしか若手保安員のホープとなったアカリだが、ある日、運命の人、カオルさんに出会う――。

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