風景画家がこぞって描いた「横の線」

──「旅」を様々な角度から捉えているのも本書の魅力です。〈恋は、それ自体が旅のようなもの〉という一文から始まる「恋の旅」の章では、『エデンの園』(ヒュー・ゴールドウィン・リヴィエール)が取り上げられています。

 信頼しきって相手を見上げる女性の笑顔が、この絵を忘れがたいものにしています。私の好きな絵ですね。

──二人の恋の旅の行く末を予想されていますね。ハラハラしながらも、心温まる未来予想図でした。

 ハッピーエンドじゃないと可哀そうすぎますから(笑)。この絵は一九〇一年、ヴィクトリア朝最後の年に、イギリス人のリヴィエールによって描かれています。描かれている二人が結婚し、穏やかな家庭を営んでいたであろう時期に、未曽有の戦争、つまり第一次世界大戦がはじまった。そうした時代背景を踏まえながら、想像を膨らませました。

『エデンの園』ヒュー・ゴールドウィン・リヴィエール
1901年 油彩・キャンバス 123×94cm
ギルドホール美術館(イギリス)/提供:アフロ
『エデンの園』ヒュー・ゴールドウィン・リヴィエール
1901年 油彩・キャンバス 123×94cm
ギルドホール美術館(イギリス)/提供:アフロ
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──旅の移動手段たる「馬」「船」「鉄道」の絵も紹介されています。移動手段の変化は、旅に劇的な変化をもたらしましたが、なかでも「鉄の馬」と呼ばれた蒸気機関車を、風景画家はこぞって描いたと。

 私たちは鉄道のある風景を当たり前と思っていますが、最初はものすごく異物感があったと思うんです。それまで山や丘陵や川といった自然の曲線と対立する建造物といえば、大聖堂のような「縦の線」でした。そこに、実に未来的な「横の線」がつくる景色があらわれた。風景を一変させた真っすぐなレールと、その上を猛スピードで動く鉄の塊を、どう表現するか。風景画家にとって、チャレンジし甲斐のあるテーマだったに違いありません。

──鉄道とともに出現したのが、「駅舎」です。駅舎には大勢の人が集まるからこそ、何かしら事件が起きる。そうした人間模様が子細に描かれた「絵を読む」面白さを、丁寧に解説されています。

 この本では、オーストリア=ハンガリー二重帝国時代、ウィーンにあった「北西駅」が描かれた『ウィーン北西駅への列車の到着』(カール・カーガー)を取り上げました。駅舎といえば、モネの『サン・ラザール駅』が有名ですが、観たことのある方が多いだろうし、私も他の本で書いたことがあるので、今回は別の絵にしようと。ドイツ語圏の絵というのも珍しいだろうと思ったのです。当時は階級社会でしたから、列車内にもそれが反映されていました。一等車の貴族、二等車の中流階級、三等車の労働者階級が顔を合わせることはなかったということです。しかしそうした区分けが溶解する駅では、さまざまな物語や事件が生まれます。ちなみに西洋絵画は左から右へと読みといていくので、日本の縦書きの書籍とはちょっと相性が悪いところがありますね。
 このように馬、船、鉄道までは画家のイマジネーションを刺激したのに、飛行機を描いた名画はほとんどないんです。小説や映画にはなっているけれど、乗客や空港を含めて、絵画には描かれていない。すでに写真の時代になっていたということもあるでしょうし、列車や船に比べて、飛行機は席に座ったらほとんど移動しないからかもしれません。実は当初、この本のラストを飛行機の絵でしめようと考えていたのですが、そういうわけで、別の絵になりました。

──ラストの章は「旅の終わり」で、ラストの絵はエドワード・ホッパーが自身の旅の終わりを描いた『二人のコメディアン』。人生をどうしめくくるかを考えさせられる絵です。

 アメリカ人のホッパーは、近年、人気が出てきましたね。あまり描き込まない作風で、ハードボイルドのような雰囲気があって、観る人は何も説明されないからこそ、自分で物語を編み出さねば落ち着かない気分にさせられる。そういう力が、ホッパーの絵にはあると思います。他にもアメリカの絵画をいくつか選んでいます。できるだけたくさんの国の絵画を観ていただけたらと。