旅の始まりにふさわしい、
三博士の「旅程」
──中野さんは「仕事」をテーマにした『名画の中で働く人々「仕事」で学ぶ西洋史』(集英社文庫)を出されています。今回のテーマは「旅」。どのように選ばれたのでしょうか。
きっかけは旅好きの「鉄ちゃん(鉄道ファン)」の編集者さんからの提案でした。すぐに、いいアイデアだな、と思ったんです。いつの世も、旅行記や小説など、旅は多くの芸術を生んできました。絵画もまたその例に漏れず、たくさんの名画が生まれています。
──「旅」に思いを巡らす冒頭の文章が印象的です。旅行とは違って、知らない世界へと歩み出すのが旅であり、旅人だと。
修学旅行はあっても、修学旅ってありませんし、自分探しの旅とはいっても、自分探しの旅行とはいわない。目的地とスケジュールを持つ旅行に対して、過程自体が重視されるのが旅だと思います。旅は危険がつきまとうぶん、ロマンをかき立てられるし、広がりがありますね。私も旅は好きで、高校時代、一人で北海道をまわったのが最初の一人旅でした。
──旅のロマンがこの本にはあふれています。最初の絵は『旅の途上の東方三博士』(ジェームズ・ティソ)。東方の三博士とは『新約聖書』に出てくる人物で、イエス・キリストが誕生したときに東方からやってきて礼拝し、贈り物を届けたとされる学者たちです。
最初はこの絵にしようと決めていました。連載時に、章立てを時代順にしようと考えていたんです。でも時代順は途中でやめてしまったし、単行本にするときに章の順番を変えたりもしたんですが、この絵が始まりであることは変わっていません。これ、とても斬新な絵なんですよ。「東方の三博士」を描いた名画のほとんどは、ひざまずいて幼子イエスを拝む礼拝シーンを描いています。でもティソは、ラクダに騎乗し、キャラバンを組んで神の子のもとへ向かう三博士の旅程、という珍しいシーンを描いた。三博士のイメージを刷新する絵である上に雄々しくてカッコイイので、旅の始まりにふさわしいと思いました。
──絵画の選定も、画家の選定も、バラエティに富んでいます。ティツィアーノ、ゴヤ、ドガ、ターナーといった有名画家のみならず、「知る人ぞ知る画家の名画も楽しんでほしい」と「あとがき」に書かれています。
今回はけっこうロシアの絵を取り上げました。その一つが「子供の旅」の章で紹介した、アレクセイ・ステパノヴィッチ・ステパノフの『鶴が飛んでゆく』です。ロシア内奥部の、貧しい村の子供たちが、鶴の渡りを見上げている。知らない世界へと飛び立っていく鶴の群れを見て、子供は旅の一歩を踏み出そうとしている……そんなシーンが、写実的に描かれています。ロシアには良い絵がたくさんあるのですが、日本ではまだまだ知られてないんですよ。ソ連時代は自由に旅行ができず、向こうの絵画を観られない時期が長かった影響があるのだろうと思います。
──カバーもロシアの絵ですね。ヴィクトル・ミハイロヴィチ・ヴァスネツォフの『空飛ぶ絨毯』。ロシアの民間伝承をもとにした絵で、凜々しい皇子が火の鳥とともに、美しい空飛ぶ絨毯で帰国するシーンが描かれています。
素敵な絵でしょう。飛行機を手にしてもなお、空を飛びたいというのは人類の憧れだと思います。ただ不思議なことに、日本では、たとえば畳などの道具や乗り物を使って空を飛ぶという民話を聞いたことがないんです。私が知らないだけかもしれませんが、日本人は、道具を使って鳥のように飛ぶよりも、自分が鳥になりたいという願望が強いのかなと。だからこそ「空飛ぶ絨毯」にエキゾチックな魅力を感じるわけで、そうした文化の違いも絵から感じていただけたら嬉しいです。














