「自分と異なるからこそのアイカタ」は“アイすべきカタわれ”
—なるほど。「相方」だと漫才コンビや夫婦、親子、師弟といった固定された関係性が想起されますが、「愛(アイ)すべき片(カタ)われ」にはもっと広い人間関係がイメージされますね。
メインMCを務める加藤浩次という男はたいへん幸せな人間で、家庭には妻の香織さんというアイカタがいて、極楽とんぼには山本(圭壱)さん、自分の会社には支えてくれるマネージャー、中目黒のジンギスカン屋には小樽時代からの大親友、そして今シーズンのサブMCには近藤春菜という強力なアイカタも得ている。
たくさんのアイカタを持つハブのような人だから、たとえどんな球(2人組のVTR)がきても自分の立ち位置を夫、タレント、経営者など、その都度変えながら全部打ち返せる。出演者の感情や関係性を視聴者に届く言葉へ置き換える「言語化力」があるのも、その人間的な引き出しの多さからなんだと思うんです。
—カメラの前には加藤さんが一人、そしてアイカタの春菜さんは映っていないという撮影スタイルにはどんな理由が。
加藤さんがリラックスしてVTRの感想を喋って、カメラの向こうでは春菜さんというアイカタがまた違う価値観で話して、テレビを見ている視聴者はそんな春菜さんに自分を投影しながら加藤さんと喋っているような気持ちになれたらいいな…というこれも後付けですが(笑)。
もしこれが学生時代の仲間だったら、たとえばこの(取材場所となった集英社の)窓の外をボーっと眺めて「緑がキレイだなあ」「たしかにキレイ!」と同じようなことを考えていた気がする。でもいざ社会に出たり、いざ家庭を持ってみると、人の価値観は多様であると気づく。そして緑の美しさはまったく目に入らず、その木の下に停まっている車にしか興味のないような人が意外と自分のアイカタになっていったりする。
―価値観の違いこそがアイカタなんですね。
昨シーズンの最終回であるブラックマヨネーズのお2人からも伝わってきましたが、ものの感じ方や見方が違う、つまり価値観が異なるアイカタといるほうが「2人の間に何かが生まれやすい」ような気がします。「緑ばっかり見てるの無意味だよ」とか言ってくれる人がいいし、同時に「お前の車の排気ガスこそが迷惑」とかって言い返せる関係こそが面白い。でも『めちゃイケ』をやってた時は、こんなこと実は考えたこともなかったです。
考えたことがないというよりは、直感や体感としては自分の中にありながらも言語化されてなかった。この番組をやって、「自分と異なるからこそのアイすべきカタわれ」ということが今の自分にははっきり見えてきて、加藤さんも春菜さんも興奮しながら楽しんでるし、たぶん視聴者のみなさんも同じような気がするんですね。














