親露派の軍事ブロガーでさえ公然と批判の声
彼が更迭されずに居座り続けていること自体が、ロシア軍の病の深さを示している。ゲラシモフら軍のトップエリートの主要任務は、いまや「軍事的な戦果について嘘を吐くこと」へと変質した。
その典型が、占領宣言の異常な反復である。ロシア政府高官は2026年4月1日に「ルハンシク人民共和国」の解放を宣言したが、これは3回目の「完全制圧」発表だった。
2022年7月にショイグが、2025年6月に現地トップが、すでに同じことを宣言している。同じ土地を3度征服する軍隊など、この世に存在しない。存在するのは、同じ嘘を3度報告する組織だけだ。
クプヤンシクの制圧をめぐっても虚偽報告が繰り返され、親露派の軍事ブロガーでさえ公然と批判の声を上げている。身内さえ呆れる嘘が、平然とクレムリンに届けられているのだ。
なぜ将軍たちは嘘をつくのか。理由は単純である。本当のことを言えば殺されるからだ。
これは比喩ではない。2023年6月に軍上層部を批判して武装反乱を起こした民間軍事会社ワグネルのプリゴジンとウトキンは、わずか2カ月後、搭乗機が空中で爆発して墜落死した。
前線の惨状と上層部の失敗を直言して解任された第58軍のポポフ少将は、その直後に「詐欺」容疑で逮捕された。Zブロガー(親露派インフルエンサー)たちはこれを「権力者に真実を語った罰だ」と評している。
ポポフはその後、受刑者で構成され、戦場死亡率の極めて高い「刑務所突撃部隊」の指揮官に任命されることになったが、世論の反発からそれを免れ、刑務所へ行くだけで済んだ。とはいえ、ロシアの刑務所での死亡率は高い。
弾圧は末端にも及ぶ。軍の状況に異議を唱えたりした兵士や無謀な命令を拒んだ兵士を、指揮官が「ゼロ化」と呼ばれる部隊内処刑で抹殺するという報告が、兵士やその家族から相次いでいる。上から下まで、嘘をつかぬ者が消されていくのだ。
残ったのは、耳あたりの良い嘘を上へ流し続ける人々
人事のもう一つの闇が、FSB(ロシア連邦保安庁=旧ソ連のKGBの後継組織として知られる、ロシア連邦の強力な治安・情報機関)による軍部の粛清である。
2022年の本格侵攻開始以来、汚職や詐欺などの容疑で少なくとも16人の将官が逮捕された。かつて不可侵とされた高位の将軍たちが、昇進や契約、数十億ルーブルの予算を握っていたことを逆手に取られ、FSBの標的になっている。
FSBは「コンプロマート」、すなわち弱みを握っての恐喝を常態化させ、軍をマフィア的手法で支配している。
将官たちは、前線の失敗や後方支援の崩壊といった「悪い報告」を上げれば、その責任を問われて汚職などの別件で逮捕されるという強迫観念に苛まれている。
恐怖が能力に取って代わったのだ。指揮系統全体がパラノイアに陥っている。正しい報告をするインセンティブは完全に消滅した。残ったのは、耳あたりの良い嘘を上へ流し続ける人々だけである。
誰を信じ、誰を恐れているかは、配置に表れる
この構造を制度として固定したのが、軍に関する「虚偽情報」を広めた者に最長15年の禁錮刑を科す法律だ。独立系メディアは沈黙し、自国の敗北を事実として報告するジャーナリストや士官は逮捕される。親露派の軍事ブロガーでさえ、検閲の枠内でしか発言できない。
スターリン時代の「大粛清」の再来を危惧する声まで上がっている。クレムリンには、幾重ものフィルターで濾過された心地よい情報だけが届く。
ここに、プーチンの人事の本質が見えてくる。彼は腹心の友を切り、軍人でない会計係を国防相に据え、嘘つきの参謀総長を温存し、FSBに将軍たちを脅させている。
これは強い指導者の采配ではない。誰も信じられず、現実を直視する勇気を失った権力者が、恐怖だけで組織を縛り上げている姿だ。
人事は嘘をつかない。どれほど勇ましいレトリックを並べても、誰を信じ、誰を恐れているかは、配置に表れる。会計係に国防を任せ、嘘つきに戦況を語らせる国家が、長期の消耗戦を勝ち抜けるはずがない。
文/小倉健一 写真/shutterstock













