一度も軍隊で過ごした経験を持たない、純粋な民間人の経済学者

ベロウソフは一度も軍隊で過ごした経験を持たない、純粋な民間人の経済学者である。国防という国家最大の暴力装置のトップに、銃を握ったことのない人物を据える。これは平時であればありえない異常な人事だ。

ベロウソフは市場原理よりも国家主導の経済を信奉するケインズ主義者であり、プーチンの経済補佐官や第一副首相を歴任してきた。

「銃を握ったことのない国防相」といわれるアンドレイ・ベロウソフ 写真/共同通信社
「銃を握ったことのない国防相」といわれるアンドレイ・ベロウソフ 写真/共同通信社

2014年から2016年のルーブル危機を乗り切った実績を持ち、大企業に「超過利潤税」を課すべきだと唱え、国家と企業の関係は「シニアパートナーとジュニアパートナー」であるべきだと主張する。要するに、戦時経済を強権的に統制するための財務管理者である。

プーチンはもはや国防省に軍事的な勝利を期待していない。彼が求めているのは、膨れ上がる戦費を効率的に管理し、腐敗した会計を透明化する役割なのだ。

この人事の背景にある数字を見れば、プーチンの計算が透けて見える。

ロシアの国防支出はGDPの約7.4%にまで膨張した。これは国家そのものを崩壊させた1980年代半ばのソビエト連邦に匹敵する、危険水域の数字である。ベロウソフ自身が、特別軍事作戦だけで11.1兆ルーブル、GDPの5.1%を消費していると暴露している。

プーチンの「致命的な錯覚」

ルーブル高、原油安、制裁という、いわゆる“毒の混合物”のなかで、この水準を維持するのは至難の業だ。プーチンは、経済の専門家に予算を握らせれば軍の非効率は解決すると信じている。

だが、これは致命的な錯覚である。なぜなら、ベロウソフには軍事的な専門知識がないからだ。彼は予算の執行状況については正確なデータをクレムリンに届けられるだろう。

しかし、前線で何が起きているのか、作戦が成功しているのか、兵站が崩壊していないのか、その判断は依然として既存の軍官僚たちの報告に依存せざるをえない。

つまりプーチンは、財布の中身は正確に把握できるようになったが、その金で買った戦争の中身については、相変わらず嘘で塗り固められた報告書しか手にできないのである。

経済の透明化と戦況の不透明化が同居する。これがベロウソフ起用の最大の矛盾だ。メガネをいくら直しても、目をつぶっていては何も見えない。そんな当たり前のことがわかっていないのだ。

「その嘘を製造している」とも言われる中心人物が、参謀総長ワレリー・ゲラシモフである。