神戸の占い師さんの絶妙な一言

──一方、六実は歳の離れたお兄さんと二人暮らし。どうしてなのか事情を知って「うわあ……」となりました。そして最終話の「夢の子ども」でまた輝久たちが登場します。喜久美は夢見の力を失った後も、賛同者を集めているようですね。

 喜久美はカウンセリング能力というか、相手が何を言ってほしいのかを敏感に察知する人だと思うんですよ。たとえば有能な占い師さんもそうだと思いますね。そういう人はきっと、宗教を立ち上げることもできるんじゃないでしょうか。
 今思い出したのですが、「夢見る家族」は、『小説すばる』の「占い」特集の一作として書いたんですよ。それで、「HiGH&LOW —THE PREQUEL—」を観に宝塚に行った時に、ついでに取材をかねて神戸の占いの館みたいなところに行って、占いをしてもらったんです。その占い師さんがめちゃくちゃ面白くて。長い黒髪の、声の低い魅力的な女性でした。まず「悩みはなあに?」と訊かれて、「やる気が出ないんです」と素直に言ったら、「あら、いつから出ないの?」と訊かれ、「七年前くらいからですかね」と言ったら「長いわね」って。それから私が選んだ何枚かのカードを見て「七年前、あなたに悪霊がとりついたのね」って。「え!? それは何の悪霊なんですか?」って訊いたら、「行きずりの悪霊よ」。

──行きずりの悪霊……(笑)。

 びっくりして「どうしたらその悪霊は離れてくれるんですか?」と訊いたら「もう離れているから大丈夫」。「じゃあ、私のやる気が出ないのはどうしてですか?」と訊くと「それはいつものことだから気にしなくていいの。やる気が出ないのが普通と思って」と言われました。それで私、すごく心が軽くなって。その時から、やる気が出ないのが普通なんだなあと思っています(笑)。この時、占い師さんってカウンセラーみたいだなって思って。この取材が「夢見る家族」に活かされていますね。

──「やる気が出ないのはいつものこと」と言ってほしかったんですねえ。

 無理にやる気を出すのは辛いから、気にするなって言ってほしかったんでしょうね。とはいえ、「そのままの君でいい」と言わないところも上手いですよね。もしそう言われていたら、私は「いいわけねえだろう」となっていたと思うので。「やる気が出ないのが普通よ」という言い方って絶妙ですよね。

明確な答えのない、短編小説のよさ

──不穏な連作短編集なのに、執筆の背景が面白すぎます。ところで、複数の話に登場するある人物が、途中で胃癌になりますよね。あれはどういう意味があるのですか。

 最後の「夢の子ども」で、その人物が喜久美に言われて冷めたコロッケを食べる場面があるじゃないですか。これが胃壁にはりついて、よくなかったんだと思いますね。喜久美の不思議な力ですね。

──うわあ……ぞくっとしました。今の話、インタビュー記事に書いたらネタバレになりますかね……。

 書いてくださいよ。三浦がものを考えて小説を書いているって、みなさんあんまり信じてくれないので、実はいろいろ考えて書いているんですよ、ということを書いておいてやってください。

──他にも三浦さんの意図に気づいていないところがある気がします。たとえば、「神馬に乗る女」で、喜久美が幼い頃の輝久に自転車に乗るように勧める場面がありますよね。「気持ちいいよ」と言って自分が乗ってみせる。それがタイトルの「神馬に乗る女」にも繫がるわけです。一方、第四話でも、ゴンゾーが六実の漕ぐ自転車の後ろに乗って「気持ちいいなあ、ムツミ」と言う場面がありますよね。この共通性は意図的ですか。

 そうです。自転車が新しい世界を開いてくれることを象徴しています。
『夜の恩寵』の全五話は、三話目の「夢見る家族」を挟んで対称になっているんです。自転車の場面も、第三話を挟んで反転しているんですよ。自転車を漕いでいる人がカリスマなのか、後ろに乗っている人が実はカリスマなのか……という。他にもいろいろ呼応しているところがあります。別に気づかなくていいんですけれど、もし気づいた時は、「おやっ」と思っていただけたら。

──ああ、対称だから、一話目と五話目が同じ視点人物になるわけですね。その五話目では不穏な事実が浮かび上がりますが、それも本当のことなのか夢なのか……。

 藪の中ですね。私はどちらかというと、夢見の力は信じない派なんです。だから本当にそういう力がある、という結論は書けませんでした。だけど実際、世の中には不思議なことや説明のつかないことがある。それを信じている人たちを否定するつもりもないんです。だから登場人物も、不思議なことを信じている人もいれば、半信半疑の人もいるし、信じたくなくて抗っている人もいれば、はなから信じていない人もいます。そうしたグラデーションがあって当然かなという気がします。

──この一冊も、読む人のグラデーションによって、解釈が変わってきそうですね。

 今は真相がよく分からない話を書くと、「はっきりしなくて嫌だ」と言われがちで、そう感じる読者の方には申し訳ないなと思います。でも私は、明確な答えがなくて「この話ってなんだったんだろう」と考えられるところが、短編小説のよさかな、という気もしています。不思議なこと、曖昧なことについて楽しく考えてもらえたら嬉しいです。

夜の恩寵
三浦しをん
夜の恩寵
2026/6/26
2,145円(税込)
264ページ
ISBN: 978-4087700114

夢のなかで生まれたものは、夢のなかに還っていく。

「カリスマ」をテーマに描き出される五つの物語。

故郷の父親からの電話で三年ぶりに帰った俺を待っていたのは、相変わらず若々しい継母の姿だったが――(「神馬に乗る女」)。他、夢見の力(予知夢)がある祖母をもつ未千が、二十一歳の誕生日に高熱に浮かされて以降、それまで見ることのなかった夢を見るようになる「胡蝶」や、「夢見る家族」「金の糸」「夢の子ども」の全五篇が奏でる、夢をめぐる妖しくも美しい不思議な物語。

その問いに答えてはいけない。決して。

夢か、うつつか、それとも――。

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