武力行使への忌避感という日本の美徳は、巧妙な認知戦にとって格好の標的

市場という首根っこを押さえることで、相手に何も言わせずに口を塞ぐ。これもまた、銃を一発も撃たない戦争である。

そして、これは日本への警鐘にほかならない。有事に「戦うより逃げろ」「基地があるから狙われる」という言説が情報空間を覆い尽くせば、それはミサイル以上に確実に国家の防衛意志を麻痺させる。武力行使への忌避感という日本の美徳は、巧妙な認知戦にとって格好の標的なのだ。

世論調査が示した日本人の意志だけでは、安心材料にはならない。8割が中国に親しみを感じないという土壌は、裏を返せば、中国関連の情報——たとえそれが偽情報であっても——に過剰反応し、嫌悪と恐怖から冷静な政策論議を見失いやすい社会だということでもある。

相手を好きにさせる工作は失敗した。だが、相互不信を極限まで高め、対話の余地を奪い、社会を分断する工作は、着実に根を張っている。

中国のプロパガンダは、少なくとも対中親近感の上昇としては表れていない。しかし、疑心と分断の種としては、日本の深層に不気味に根を下ろしつつある。

文/小倉健一  写真/shutterstock