2011年女子W杯での宮間あやの振る舞い
実は試合前から実施することを決めていたこの「青空ミーティング」は、女子サッカーではよく見る光景でもある。
2011年女子W杯でも、なでしこジャパンはアメリカ相手に2度もリードを許しながら、失点後に青空ミーティングを開き、不屈の精神で追いついた。そして最後はPK戦で世界一になった。
当時のチームのキャプテンは澤穂希だった。日本人として初めてバロンドール(世界最優秀選手)を受賞した偉大な選手だけに、優勝を振り返るときはどうしても澤の存在がフィーチャーされがちだ。
しかし、日本サッカー史上唯一の「世界一」の称号を手にしたあのチームは、キャプテン1人に頼る集団ではなかった。各ポジションにリーダーシップを発揮できる選手がいた。
ゴールキーパーの選手たちを束ねたのは、山郷のぞみだった。あの大会で山郷は出場機会こそ得られなかったが、それは彼女がリーダーシップを発揮するうえでの障害にはならなかった。
ディフェンダーの選手たちをまとめたのは、岩清水梓だった。
フォワードには永里優季、丸山桂里奈、川澄奈穂美という個性豊かな選手たちがそろっていたが、まばゆい太陽の横にいるときにはいつでも月になれるような存在の安藤梢が彼女たちを上手にコントロールした。
そして、ミッドフィルダーとしても、チームの副キャプテンとしても、リーダーシップを発揮していたのが宮間あやだった。
宮間は時にメディアに対して攻撃的な姿勢を見せたが、それはチームを守るための決意の表れでもあった。決勝戦で最初の同点ゴールを決めたのも彼女だ。
そんな絶対的レギュラーだった宮間には、試合翌日に欠かさないルーティンがあった。
試合翌日のリカバリーメニューをこなした後、試合に出なかった選手中心の練習を最後まで見届け、時に盛り上げる役割を果たしていた。まるで監督のように。
それは彼女のためのものではない。チームメイトのためを思ってのものだった。
北中米W杯を戦う男子日本代表はどうか。
オランダ戦翌日の夕方、サブ組の選手たちはトレーニングパートナーのU-19日本代表との紅白戦に臨んだ。一方、45分以上出場した選手たちはリカバリー後、各自の判断に任された。ホテルで休養する者もいれば、練習場に来て気分転換を図る者もいた。
そんな中、サブ組のウォーミングアップを見るためにクラブハウスから出てきた選手がいた。堂安だった。
仲間たちが試合に向けて心拍数を上げている様子を眺めながら、森保一監督と話しながら、しっかりと見守るその姿は、2011年の宮間あやを彷彿とさせた。リーダーとしての振る舞いは、目立つところだけでなく、こうした細部にも表れている。













