太田裕美「曲全体の持つ良さを倍増して聴かせてくれる職人さん」
太田裕美の代表作になった『木綿のハンカチーフ』(作詞/松本隆・作曲/筒美京平)は当初、『心が風邪をひいた日』というアルバムの中の1曲として誕生したものだった。
しかし、レコーディングの段階になって、スタッフたちの間で「いい曲だ」「シングル向きだ」と盛り上がった。
編曲家の萩田光雄は、アレンジした時のことをこう振り返っている。
この曲は松本隆さんが書いてきた歌詞が4番まである長いもので、しかもストーリーになっているため、京平さんもテンポをつけるのに苦労した、という話は有名だ。私もアレンジを施す段階で「長い!」と思ったが、何とかスピード感を出すために、いろいろと工夫をしている。
例えばイントロのベースは4拍子を刻んでいるが、ギターのフレーズは「ズタタ、ズタタ、タタ」と3拍フレーズになっている。ギターとベースの拍子が微妙にずれることで、同じテンポでも2倍ぐらいのスピード感が出た。
萩田は編曲の仕事を始めて間もない時期に、南沙織のB面曲だった『この街にひとり』で筒美京平と仕事を始めた。その仕事の中で編曲家としてたくさんのことを学んだという。
その成果が大きく出たのが、『心が風邪をひいた日』というアルバムで、萩田は若いのに腕の立つ編曲家だとして大きくクローズアップされていった。
さりげない細部にまで凝っていて、センスが良いだけでなく、実に丁寧な仕事に支えられているのが萩田のアレンジの特徴だ。
しかし、『木綿のハンカチーフ』はそれまでと違って、弾き語りのスタイルをとっていない。そのせいもあってか、歌い手の太田裕美は今ひとつ馴染みにくく感じていたという。
それともう一つ、この歌には「僕」という男性が「君」に語りかけるパートと、「私」という女性が「あなた」に呼びかけるパートが出てくる。そのために主人公を歌い分ければならないという、歌唱表現における難しさがあった。
アルバムが1975年12月5日に発売された直後の同月21日、『木綿のハンカチーフ』はシングルとしてリリースされた。
シングル化にあたってディレクターの白川隆三は、プロモーションのことなども考えて、短くしようとあれこれ苦心してみたらしい。だが、長いと言われていた歌詞は結局、どこも削ることが出来なかった。
そして、『木綿のハンカチーフ』は翌年の年明けからシングルチャートを駆け上り、やがてミリオンセラーを記録することになる。
萩田はこの曲が日本の音楽史に残る曲になり、自らの出世作として認められたことについて、その頃は思いもよらなかったと正直に述べている。
太田裕美は萩田について、心からの賛辞を贈っていた。
「例えばギターのイントロ、あれがないと『木綿のハンカチーフ』じゃない、というくらい印象的で、なおかつ歌の持つメロディーの世界を壊さない。そういうものを作れる人ということでは本当にピカイチだと思います。もちろんそれだけじゃなくて、曲全体の持つ良さを倍増して聴かせてくれる職人さんだと思いますね」














