突っ走った30年のあと、大事になってきた自分の「嫌い」
筆者の前で話す持田香織は、かつてテレビで見ていた印象のまま、ただそこにいるだけで時間がゆったり流れるような、そんな雰囲気を纏っていた。清涼感の中にぬくもりを感じる声も、当時のままだ。だが同時に思う。生き馬の目を抜く芸能界において、アーティストとして長く活動を続けることは、心身への負担も大きかったのではないか。
「デビューからずっと、本当に『突っ走った』という印象です。自分は楽しくやらせてもらって気が付かなかったけれど、30歳を目前にして、これまでできていたことができなくなることが増えました。きっと身体は疲れ果てていたんですよね。
それで、身体を軸にして活動していくようにシフトチェンジしなければダメなんだと学びました」(持田香織、以下同)
これまでと同じく「突っ走る」のでは身体が疲弊する。30歳前後で身体の使い方を考えるフェーズに差し掛かった。
一方で、現場で出会ったプロフェッショナルたちとの交流は、大いに刺激的だったと持田は話す。
「芸能界では、『自分はこれが好きなんです』というものを明確に突き詰めた大人たちとの出会いがありました。そうした人たちは、自分が何を好んで、何を好ましく思わないのかをはっきりさせていました」
翻って、当時の持田は、現在ほどは自分の好き嫌いを把握していなかったと振り返る。そもそも興味の対象も限定的だった。
「1990年代~2000年代は、今ほどいろんなことに興味が持てていなかったかもしれないですね。『漫画が好き』とか、局所的なことはあったのですが、興味の対象が狭かったなと感じます。どちらかといえば現場で出会う人たちと自分から積極的にコミュニケーションをするタイプでもなく、今思えば少しもったいないですよね」
だが多くのプロフェッショナルとの邂逅は、確かに持田の中にその痕跡を残した。多くのファンに支えられながらキャリアを重ねる中で、自分そのものに向き合う時間が生まれてきた。持田は改めて自らの内面の声に耳を傾けたという。
「『突っ走った』状態のときは、自分が何を好きで、何を嫌いなのか、曖昧になってしまった時期がありました。といっても、そんなに大げさなことではないんです。今になって思うと『先が鋭利すぎる靴は、私、あんまり好きじゃないな』とか(笑)。『丁寧な言葉づかいが好きなんだな』とか。本当に些細なことかもしれないんですけど。でもその感性って意外といろんな場所に繋がっているのかなと思うこともあります」













