『異邦人』を名曲にした萩田光雄の編曲術
1979年10月1日にリリースされた、無名の新人シンガー・ソングライター、久保田早紀のデビュー曲『異邦人』が誕生した裏にも、編曲家の萩田光雄によるプロの仕事があった。
当時からこの作品のアレンジに対する評価は、同じプロの編曲家の間でも高いものだった。
元曲となったのは、CBSソニーがオーディションで見出した大学生、久保田小百合(久保田早紀)が書いた『白い朝』というタイトルの歌だった。
基本のメロディラインはヨーロッパ調で、中近東の匂いなどはどこにもなく、若い女性シンガー・ソングライターのピュアな感性による作品だったと思われる。
それをシルクロードをイメージしたCM映像にマッチする音楽に仕立てたのが、CBSソニーのディレクターだった酒井政利だ。
南沙織や山口百恵といったアイドル歌手を手掛けるヒットメーカーだった酒井は、その年の2月にジュディ・オングの『魅せられて』を世に送り出して、1979年のレコード大賞に選ばれる。
ワコールのCMソングだった『魅せられて』は、エーゲ海を舞台にした大人の愛の物語で、エキゾチックなメロディとサウンドにして大成功を収めていた。まさにこの時期の酒井には、飛ぶ鳥を落とす勢いがあった。
『異邦人』の場合も、コマーシャルとのタイアップが酒井に持ち込まれて、そこに楽曲とアーティストをはめ込む形で、異色の大ヒット曲が作られたのだ。
歌った久保田早紀の声には、ベルベット・トーンの柔らかさとクールな品の良さがあり、徹底した中近東風のサウンドと中和して不思議な心地よさを生み出していた。
『白い朝』という小品のタイトルが『異邦人』に変わっただけでなく、歌詞の中のキーワードが「異邦人」になったことで、メロディにも手が加えられた。
そこにシルクロードをイメージさせるために、前奏、間奏、後奏がすべて中近東風のメロディという、極めてインパクトの強い曲が誕生したのだ。
『異邦人』は、ノーベル文学賞を受賞したフランスの作家で、不条理文学で知られるアルベール・カミュの小説と同じタイトルでもある。
小説の舞台はアルジェリアのアルジェで、2番の歌詞の「市場へ行く人の波」や「石だたみの街角」がそのあたりを連想させて、文学の香りも加わっている。
サブタイトルに「シルクロードのテーマ」と付けたのも酒井のアイデアで、『魅せられて』の時は「エーゲ海のテーマ」というサブタイトルだった。アーティストもソングライターも異なるのに、その2曲がどこかに共通するテイストを与えるのはそのためだろう。
酒井の意向を受けてアレンジを手掛けた萩田は、シンセサイザーや民族楽器のダルシマーなども取り入れて、見事なまでのスケール感を持った歌謡曲を仕上げた。
慶應義塾大学在学中にクラシック・ギターのサークルで活動していた萩田は、大学を出た後に24歳にして恵比寿にあるヤマハの作・編曲家教室に入門した。
そしてヤマハ音楽振興会でアルバイトをするようになり、嘱託のような形の勤務になって、1973年からアレンジの仕事を始めている。
そして1975年には太田裕美のデビュー曲『雨だれ』(1974年11月1日発売)、岩崎宏美のデビュー曲『二重唱(デュエット)』で評価を高め、布施明の『シクラメンのかほり』がその年にレコード大賞を受賞した。
翌年には梓みちよの『メランコリー』で、日本レコード大賞の編曲賞を受賞。一気に名声を高めつつあった。
当時のアレンジャーの仕事ぶりについて、編曲家でもある森俊之の言葉で締めくくりたい。
「なんと精密巧妙でいて華やかでグッとくるアレンジなんだろう。完全に曲の良さを何十倍にもしてる。サウンドキャラばかり先立つ昨今、こういう価値観こそ後世に残すべきなんじゃないかと」
文/佐藤剛 編集/TAP the POP
参考・引用
『ヒット曲の料理人 編曲家・萩田光雄の時代』(リットーミュージック)
「Musicman's RELAY 第140回 酒井政利氏 音楽プロデューサー」














