壁を乗り越える
事情聴取を終えた彫師は、近々略式裁判で罰金の納付を命じられることになるだろう。
略式裁判は、法廷で開かれる通常の刑事裁判と異なり、簡易裁判所が検察官が提出した書面を審査して略式命令を発する。それに従って罰金や科料を納付すれば、手続きは終了する。もし略式命令に不服がある場合は、受け取ってから14日以内に正式裁判を申し立て、通常の刑事裁判を受けることができる。
私は3人の彫師たちに、通常の刑事裁判に移行したら、タトゥーを施術することは、はたして医師でなければできない「医行為」に当たるのかを争うことになるだろうと伝えた。
直感的には彫師に医師免許を要求するなんてばかげていると思うが、タトゥーとよく似たアートメイクが「医療行為」とされている現状を踏まえると、法的な理屈を考えるのはかなり難しい。
一人の彫師に「勝てる見込みはありますか?」と聞かれ、正直に「まったくわからない」と答えた。見込みはほとんどなかったかもしれない。でも、そうだからといって、自分たちの仕事を犯罪だと認めるわけにはいかないだろう。勝ち目があろうとなかろうと、たたかうしかない。
とはいえ、それは簡単なことではなかった。最高裁まで争うことになれば、少なくとも4、5年はかかる。その間「被告人」という地位に置かれ続けることは、想像以上の重圧を背負うことになる。
そして、この裁判を「大ごと」にしていかなければならない。単に一人の彫師が罰金を払うかどうかの問題ではなく、彫師という職業の存続がかかった重要な裁判であることを、裁判官に対して、そして、社会に対して広く知らせ、真剣に向き合ってもらわなくてはならない。
被告人である彫師自身がメディアの取材に応じたり、さまざまな場で自ら発信していく必要があるだろう。発信する立場になれば必ず受けるであろう「バッシング」への心づもりもしておかなくてはならない。なにしろ日本人の多くはタトゥーが嫌いだ。世間の風当たりが強いだろうことは容易に想像できた。
自分たちの主張が、簡単に裁判で認められるとは限らない。一審や控訴審でどのような判決が出ようとも、最後まで、つまり最高裁までたたかい続ける覚悟がいるし、勝つためには多くの協力者が必要になる。
バランスのとれた強い弁護団をつくり、医師や研究者など、さまざまな分野の専門家の知見も必要になるだろう。裁判を続けていくための費用も必要だ。
たとえ弁護士が「ただ働き」をしたとしても、裁判の記録をコピーする費用や専門家に意見書を依頼するための費用、交通費など、実費だけで数百万円はかかるだろう。そのお金をどうやって集めるか。
私は彼らにこうした見通しを伝えた上で、話し合ってよく考えてみてほしいと言った。それでもたたかうという覚悟ができるかどうか。重圧を受け続ける被告人を、仲間の彫師たちは最後まで支え続けられるか。
私の気持ちの中では、たたかわないという選択肢はないように思えたが、当事者がいなければ裁判はできない。彼らが「やっぱりやめます」「今回は罰金を払って終わらせます」と言えばそれまでだ。そうなったとしても仕方がない。最高裁まで本気で裁判をたたかうということは、それほど過酷なことなのだ。
結論が出たら知らせてもらうことにして、彼らは帰った。が、翌日すぐに連絡がきた。事情聴取を終えた彫師に対して、吹田簡易裁判所から30万円の罰金命令が出されたのだ。罰金を払うか、正式裁判を申し立てる。
私たちは再び集まった。
「裁判が大変だってことは、よくわかりました」
「でも、やります」
「やるしかないですよね」
彫師たちは最初の高い壁を乗り越えた。
文/亀石倫子













