民放で放送することだけが国民にとって有益なのか?

いっぽうで民放のテレビ局にとっても、スポーツコンテンツを扱うメリットが薄れつつある。

アメリカ・カナダ・メキシコの3か国で開催される北中米W杯のキックオフは日本では深夜や早朝が中心で、生中継しても視聴率が限定的である可能性が高い。日本代表が決勝戦に勝ち上がれるかどうかも不明確だ。

視聴率が取りやすい日本戦でも、かつての熱狂ぶりは失われている。ビデオリサーチによると、2022年のワールドカップ日本対ドイツ戦の平均世帯視聴率は36.8%だった。2010年の日本対パラグアイ戦は57.3%、2006年の日本対クロアチア戦が52.7%である。

日本代表がドイツに逆転勝利した白熱の試合であっても、平成時代ほどの勢いはないのだ。そして視聴者の意識も変化している。

「優勝」を掲げる森保監督には日韓W杯のときのような熱狂の再現に期待がかかる(写真/共同通信社)
「優勝」を掲げる森保監督には日韓W杯のときのような熱狂の再現に期待がかかる(写真/共同通信社)

2024年にNHK放送文化研究所が行なった「スポーツコンテンツ視聴者2400人へのWEBアンケート」では、スポーツ中継を視聴するサービスとして3割が無料ネット配信と回答している。有料のネット配信も1割を超えた。10代の男性においては、ネット配信が民放地上波と並んでいる。

しかも、10代男性で「テレビでは見たい試合が放送されないから」という消去法的な選択は少なく、「テレビよりも専門的な解説が聞けるから」という回答の割合が高い。また、10代から30代では「他の視聴者の書き込みやリアクションを楽しめるから」という理由も多くなっている。

つまり、視聴者はスポーツコンテンツを見るという理由以外の付加価値をネット配信に見出しているのだ。無料で広く視聴可能な放送・配信を確保する「ユニバーサル・アクセス権」が日本にも浸透すると、若年層の楽しみ方を制限することにもなりかねない。

もしくは、民放各局が付加価値をのせたスポーツ中継に力を入れなければならないことになる。平成時代のような視聴率が期待できない中で、付加価値の高い放送をできるのかどうかは疑問の余地がある。