立ち尽くす子どもたち
最後のシーンは、お父さんが自殺してしまった現場だろうか。
お母さんが病死して、お父さんは生活に疲れて自殺してしまった。私が検死するため現場に行くと、二人の子どもが父親の遺体の前でどうすればいいかわからず途方に暮れたような表情で立ち尽くしていたのが、今でも目に焼きついて離れない。
現場にいた子どもは、中学生ぐらいの女の子と小学生くらいの男の子だった。
父親の亡骸を前に呆然と立ち尽くしている。
検死も必要だったが、子どもたちの今後がそれ以上に心配になった。
思春期のとても大事な時期に、母親が病死をし、残った父親も後を追って自殺してしまったのだから。
私は立ち会ってくれた民生委員の人に、彼女たちのその後をくれぐれもよろしくと伝えた。
そういった悲しい現場を数多く踏んできたからか、私は社会福祉の充実について積極的に発言するようになったし、退職後、社会福祉の仕事をささやかだが、お手伝いしている。
修羅場とは言わないかもしれないが、切ない現場に立って、仕事を超えた厳しさを感じることもあったし、単純に仕事と割り切れない場面に数多く接してきた。
私は多くの検死を通し、生きるということの喜び、そして命の尊さをあらためて考え
させられた。













