新宿を守り抜いた伊勢丹の戦略
三越が苦しむ一方、伊勢丹は新宿という立地に特化することで、「ファッションの伊勢丹」という独自の地位を築きました。
1933年に新宿に進出した伊勢丹は、当初のライバル「ほてい屋」を吸収合併するなどして、新宿を自社の本拠地としました。伊勢丹は早くから衣料品に強みを持ち、独自のマーチャンダイジング(MD)力で三越とは異なる客層を獲得しました。
そういった確固たる経営に対する誇りか、1973年、伊勢丹は業界に根を張る「手伝い店員」(派遣店員)制度について、「業界の恥部」であるとして、3年間で半減、将来は全廃するという大胆な方針を打ち出しました。
これは、公正取引委員会が警告しても是正が進まなかった慣習に対し、「不公正なものは改善する」という積極姿勢を示した画期的な事例でした。
1990年代には、新宿駅南口に髙島屋が出店したことで「新宿流通戦争」が勃発しますが、伊勢丹は自社ブランド商品群の開発など、本業回帰によって競争力を維持しようと努めました。
さらに2006年頃、伊勢丹は「目先の売り上げは要らない」として、利益を抑えてまで新宿本店の改装(リモデル)に賭けます。
これは、「不特定多数でなく特定の方を十分もてなした方が良い」という明確な戦略に基づくもので、ここに至るまでに築き上げてきた「伊勢丹の品格」が、顧客の目から見ても明らかとなる出来事でした。
統合後の混迷と「富裕層シフト」による再生
三越は前述の危機の後も、巨額損失、店舗閉鎖と人員削減といった苦難が続き、戦略不在が露呈していました。
三越にとっては経営を助けられるというメリットで、また伊勢丹にとっては300年を超える伝統を引き継ぐというメリットで2008年に三越伊勢丹HDが誕生しますが、統合後も高コスト体質の改善の遅れや、旗艦の新宿本店にも陰りが見えるなど、苦境が続きました。
特に、店舗リストラを巡っては労働組合からの反発で社長が辞任に追い込まれるなど、組織の混迷は深まりました。
こうした百貨店業界の縮小という厳しい現実に対し、三越伊勢丹HDは大胆な戦略転換に踏み切ります。2020年代に入り、同社は大衆の集客に活路はないと判断し、富裕層を重視する戦略を明確に打ち出しました。
「地方には医師や企業経営者などの底堅い富裕層が存在する」という分析のもと、地方店舗をダウンサイジングし、「デジタルサロン」を設置して新宿本店の高額商品をオンラインで提案するITを活用した外商に注力しています。これは、地方店の固定費を大幅に圧縮しつつ、新たな富裕層を取り込むという挑戦です。
伝統と信用という最強の武器が、独裁によって失われた三越。伊勢丹と組んだ今、それが革新と技術でどのように再生を目指すかを示す、日本の商業史の縮図のようなケーススタディと言えるのではないでしょうか。
文/山川清弘 写真/shutterstock













