一時保護されたときが0歳
一方で、私たちが取材したほかのオウムの子たちの中には、「何をやっても行き着くところは死。人生を頑張ろうとは思えない」と言う人もいた。教団で繰り返し刷り込まれた「死」のイメージが、いまだにその後の人生に影響している。
同じオウムの子でも、その後の生き方を分けたものとは何なのか。加奈さんに尋ねてみると、次のような答えが返ってきた。
「頑張ったところで最終的に何も残らないよねっていうのはわかるんです。死んでしまえば、それで終わりというか、無常というか。だから、どれだけ腐っていてもいいみたいな感覚ももちろんあるんですけど、逆にそうすると、死んだ後にどうなるのか、怖くなるんです。
たぶん私は、考え方としてはその人とは逆なんですよね。死後の世界の怖さを叩き込まれたからこそ、今は、ちゃんと生きたいと思うんです。死んだ後に地獄に堕ちないためにも、頑張って生きようと思っているんです」
つまり、加奈さんの場合は、「死後の世界」の恐怖が、今を生きるモチベーションになっているというのだ。
取材を重ねるうちに、少しずつ明らかになってきた加奈さんの人生。
第三者の私には、すべてを理解することは難しい。しかし、客観的にみても、劣悪な生活環境に置かれた子ども時代を経て、社会生活に適応する青年期には、計り知れない困難があったといえる。
では、今を懸命に生きる加奈さんにとって、この30年はどのようなものだったのか。本人はどう総括しているのだろうか。
「そんなに大変だったとも思っていないんです。ベースは大変なんですよ。ただ、普通の大変さと、たぶん私が思っている大変さのベースの位置の違いだと思うんです。一時保護されたときを0歳として、物事を覚えてきたような気がするなという感覚はありますね。
今の社会のルールで生きていくのを覚え始めたのが、やっぱりその頃だったから。そうすると、いちばん荒れていた20代が大体、思春期にあたるんですよね。
オウムで生活していた期間は、オウムの生活基準で生きているので、そこから出たときは異世界転生みたいな感じでした。今の生活に慣れるのは確かに大変だったかもしれないけど、自分ではそんなに大変とも思ってないんですよ」
この30年、自らの人生を大変だったとは思っていないと語った加奈さん。しかし、私が聞いた話はどれも壮絶だった。
オウムの子たちが歩んだ人生は苦しいことの連続で、本人たちは苦しいと自覚する時間さえなかったのかもしれない。オウムにいなければ、そんな苦労をすることもなかったはずだ。
取材を終えた後、私は改めて、オウムが子どもたちに与えた傷の深さを思わずにはいられなかった。
取材・文/NHK「クローズアップ現代」取材班












