高市首相による「戦略的曖昧さ」の正体

この現象を解き明かすには、最新の政治学の知見を借りる必要がある。論文は、現代政治における「曖昧さ」こそが、政治家にとって最強の防具になり得ることを示唆している。

「政党の曖昧な発言の使用は、将来の選挙運動における自党のパフォーマンスに対する有権者の過去評価(retrospective evaluations)についての予測によっても影響を受けると論じる。(中略)政治政党は、選挙公約を守る能力が低下している場合、より曖昧な発言を行うことで、公約破りによる選挙への悪影響を回避しようとする」(『選挙公約、政治的曖昧さ、そしてグローバリゼーション』2024年)

この論文が指摘する本質は、政党が具体的な公約を掲げることのリスク管理にある。将来、何が起こるかわからない不確実な状況下で、具体的な数字や期限を約束することは自滅行為に近い。約束を守れなければ、有権者は厳しく処罰するからだ。

そこで、賢明な政治家は「戦略的な曖昧さ」を採用する。曖昧な言葉を使えば、将来どのような結果になっても「公約の範囲内だ」と言い逃れができ、嘘つきと呼ばれるリスクを回避できるからである。

さらに重要なのは、この曖昧戦略が成功すると、選挙の争点が「政策の是非」から離れていくという点だ。論文は、曖昧な公約が、有権者の評価軸を具体的な政策遂行能力から、より抽象的な信頼性へとシフトさせる効果を持つことを示唆している。

高市首相が今回とった戦術は、まさにこの「戦略的曖昧さ」の極致であった。

自民の316議席は戦後最多(自民党FBより)
自民の316議席は戦後最多(自民党FBより)

高市早苗というリーダーを信頼できるか否か

彼女は「消費税減税は悲願」と言ったが、具体的な時期や税率、財源については明言を避けた。「悲願」という言葉は、強い意志を示すようでいて、実は何も約束していないに等しい。

これは論文で言うところの「曖昧さ」であり、何とでも解釈できる余地を残す高等戦術だ。もし減税できなくても、「悲願達成に向けて努力したが、状況が許さなかった」と言い訳ができる。

高市首相は意図的に政策の詳細をぼやかすことで、選挙戦を「どの政策が良いか」という比較検討の場から、「高市早苗というリーダーを信頼できるか否か」という人物評価の場へと完全に変質させた。

有権者は、理解しにくい政策の細部よりも、「悲願」という言葉に込められた情熱やキャラクターの方を評価したのだ。これは、政策論争からの逃避ではなく、論争のルールそのものを書き換える「ゲームチェンジ」であった。

一方、中道改革連合はどうだったか。彼らは「曖昧さ」ではなく、「アンビバレンス(相反する感情や考えを同時に持つ状態)」の罠に陥っていた。論文では、曖昧さには「漠然とした表現」と「両義性」の二種類があると定義し、その違いを明確に区別している。