霜降り明星、和牛、見取り図、ゆにばーすの志らく評

そして霜降り明星。

「一番現代的でほどの良い漫才。大衆は物凄く彼らを支持するでしょうね。あとはうるさ型の人達、例えばお笑いに関係ない尖った文化人や芸能人がどう食いつくかでしょうね」

我ながら当たってるなあ。大衆が一番支持をしたからこその今日の人気だ。うるさ型の人達が彼らの漫才に食いついてきたかどうかはわからないが、粗品がうるさ型の先輩達に食ってかかっているから面白い。

漫才の偉人達と同じ香りがしたのが、和牛だ。

「ゾンビとか殺すという嫌なワードを使いながらも品があるから楽しく聴けます」

漫才師にとって命とも言える品。ダウンタウン以降、多くの若手漫才師が勘違いしているのが、「漫才はどんな無茶苦茶をやってもいい。なにしろダウンタウンに従来の漫才のスタイルは、当てはまらないのだから」ということだ。

いや、待ちなさい。ダウンタウンはチンピラの立ち話からスタートしたが、漫才師としての品はどの漫才師よりもありました。だからこそ天下を取れた。和牛にはその品がどの漫才師達よりあった。でも数年後、和牛は解散してしまう。もったいないなあ。

見取り図。「最初のうちは新しさがなかった」ってなことを彼らには言ったはずだ。なんとなく街中にいる普通の兄ちゃんが漫才をやっているような、それが1980年代ならば新しく感ずるのだろうが、現代となってはなんら新鮮味がないように、見えた。しかし徐々にエンジンがかかってくると爆発的に面白くなっていった。見取り図のスタイルというのがもはや定番になってきたと言ってもいいと思う。

漫才コンビ「見取り図」
漫才コンビ「見取り図」

男女コンビゆにばーすに関しては「見た目とか声の雰囲気とか物凄く面白い感じがするんだけどそれほどでもなかった」ということを言ったが、これは謝罪します。私に見る目がなかった。女性のはらさんの方を評価していて、ひとりでも売れるんじゃないかみたいなことまで言っていて、相方の川瀬名人がはらさんのせっかくの面白さを損なっているんじゃないか、とさえその時の私は思ってしまった。

違う。この漫才の面白さの根源は川瀬名人の異常さにあるのです。彼の目つき、話し方が狂っている。その異常な男が、ほんわかしてなんとなく面白そうな女に突っ込む。これがゆにばーすの面白さだ。そのことに当時は気が付けなかった。高得点を取れなかったということは、私だけでなく、誰も気が付かなかったということだから仕方がないけど、私が気付いてあげられたら良かったなあ。