第二夫人騒動に傷つきながらも「面白くなってきたぞ」

──そんなガーセムさんの死は、小松さんをアサド政権下のパルミラへと突き動かします。2022年、退避勧告の出ているシリアに、たった一人で入国します。

恐怖心がなかったといえば噓になりますが、それ以上に、パルミラの地に立ちたい、これが最後のチャンスかもしれないという思いが強かったです。

ただ、「シリアでは、誰も信用しないでください」と大使館の職員に言われるような情報統制下で、ここまで精神的負荷がかかるような取材をするのは初めてだったので、今思い返すと、一喜一憂したり、右往左往したり、涙を流したりと……、恥ずかしいですね。

──廃墟となったパルミラの撮影を阻止しようとする秘密警察と、小松さんは冷静に闘います。ハラハラしながらも、その胆力と交渉術に引き込まれました。

瞬時の判断という点では、ヒマラヤ登山の経験が生きたかもしれません。先の見えない状況をいかに突破していくか、いかに柔軟に判断するか、そうしたことを登山では常に考えていたので。

──ついに家族が暮らしていた家に辿り着くと、家の前には、金庫と青いブラジャーが落ちていた……。略奪者が持ち出し、捨てられたと思われるもので、「信心深いイスラム教徒の家の前に、女性の下着が転がっている。平時ではありえぬことだ。この地の宗教や、人々への冒瀆であるように感じられた」と書かれています。

家の写真を撮るとき、ブラジャーを構図に入れるかどうか、逡巡されますね。どのような判断がありましたか。
 
このときはすごく悩みました。イスラム文化の土地で、道にブラジャーが落ちているという状況は、ある意味で象徴的なんですね。いかにその土地が荒廃しているかを示しているわけです。ですから写真家としては撮るべきだろうと。

でも写真家としての立場以上に、私はこの家に暮らした人々とつながる家族の一人なんだ、彼らとつながり続けたいんだ、という気持ちがあって、構図から外すという決断をしました。後に写真を見るであろう家族の尊厳や思い出を傷つけたくなかったからです。
 
この作品のなかで私は、写真家として、シリア人の妻として、あるいは母親として……いくつもの立場で葛藤し、揺れ動いていますが、最終的に自分の軸になっていたのは、彼らの「家族」であるという立場だったのかなと思っています。

第23回開高健ノンフィクション賞を受賞した小松由佳さん
第23回開高健ノンフィクション賞を受賞した小松由佳さん

──いくつもの立場で揺れ動き、葛藤する。そのハイライトが「第二夫人騒動」ではないでしょうか。夫のラドワンさんから「第二夫人を娶りたい」と告げられる。しかも第二夫人候補まで決めて!

これを言われたのは、シリアの取材を終えてトルコの空港で夫と再会したときだったんです。疲弊し切った状態だっただけにショックが大きく、シリアで見てきた悲惨な光景が吹き飛ぶくらいの衝撃を受けました。

イスラム教では、平等に扱うことを条件に、4人まで妻を娶ることが認められていますが、女性としての自分はすごく傷つきましたし、夫への信頼を失いました。一方で、「面白いことになってきたぞ」とささやくもう一人の自分もいたんです。表現者としての私ですね。

こんな異文化体験はめったにできるものじゃないと反応してしまう自分もいて、二人の私がせめぎあっていました。

──この騒動によって開かれた「親族会議」の様子も興味深かったです。親族はラドワンさんの味方をすると思いきや、そうでもなく、女性たちからは驚きの性指南があったり。
 
イスラム文化において性はタブーなので、外側から見えにくいのです。彼らの濃厚な性文化を知ることができたのは、この騒動があったからですね。

──今回、きわめてプライベートな経験を書かれたのはどういう思いからですか。

あまりにもショックで悶々として……これは書かないと乗り越えられないぞ、と思ったのです。書くことで自分の気持ちもまとまるし、誰かと共有できるものになるだろうと。

実際に書いたことで、悲しみも苦しみもクリエイティブに乗り越えていくことでしか前に進めないという感触を得ることができました。つらい経験だけに、表現者として覚悟が決まったといいますか、内面をさらけ出すことに躊躇がなくなりましたね。

彼らのリアルな文化を、光も影も含めて、伝えることができたとも思っています。

──「第二夫人騒動」も含めて、男性と女性についての価値観や文化は、イスラム世界と日本では大きく異なります。たとえば男性と女性は食事をする場所が異なり、空腹の小松さんが豪華な食事を食べられなかった場面が出てきます。こうした文化をどのように受け止めていらっしゃいますか。

結婚して10年になりますが、常に葛藤して、考え続けています。自分ができないことはできないと伝えるようにしていますし、イスラムの女性たちも変わりつつあるなとも感じます。

でも基本的には、その土地で人間が生きるために長い年月をかけて築かれ、伝えられてきた文化を、私はリスペクトしたい。そうした思いをこの本には込めたつもりです。

──一方、シリア人のラドワンさんは、日本文化に違和感を覚える点などあるのでしょうか?
 
個人主義的なところですね。本に書いたように、シリアでは大家族が一般的で、家族の絆がすごく強いんです。家族にかぎらず、シリア人は人とのつながりを大切にします。

日本は、経済力で人を測るところがありますよね。年収がいくらあるとすごいとか。でもシリアでは、困ったときに助けてくれる人がどれだけいるかのほうが、よほど大切なのです。