有害なフェイク情報の蔓延を撃破することが重要

3つ目は、国際人道法あるいは人道主義が、軽視ないしは無視されるようになってきたことだ。ポスト冷戦期には国連安保理が重視され、あるいは人間の安全保障のような概念まで議論されたのだが、現在のロシア軍やイスラエル軍の行動をみると、建前でも国際法や人道主義での自己正当化をまったく考慮していないことがわかる。

戦争は殺し合いだが、そんな殺し合いでもたとえば民間人保護のためのルール作りなどの努力が人間社会ではずっと続けられてきた。さまざまな国際人道法、それに国際連盟や国際連合などの創設もそうなのだが、そうした人間の努力がことごとく軽視される状況が生じている。

しかも、現代はその非人道的行動が動画で撮影され、世界中に公表されているにもかかわらず、強制的に彼らの非人道的行動をやめさせる実力組織が存在しないなら、やりたいようにやるという風潮が蔓延している。これは由々しき事態と言える。

そして最後の4番目だが、おそらく現在はこれが最も国際安全保障環境への破壊力が大きく、罪深き事態である。本論でもすでに前述したが、陰謀論の蔓延による西側の安全保障体制の内側からの自壊である。米国のトランプ政権が典型例だが、前述した非民主主義陣営の台頭に対峙するはずの西側の結束が崩れ、分裂し、弱体化している。

しかも、米国だけでなく、欧州でもプーチン支持の極右勢力が急成長している。欧州の国々の政権がいつトランプ政権のような陰謀論政権になってもおかしくない。たとえば2025年現在、トランプ政権はウクライナへの無償の軍事援助を否定しているが、欧州諸国やウクライナが資金を出して米国の防衛企業から購入あるいは共同生産する方式なら、米国ファーストのビジネスとして認める方針だ。

しかし、欧州もウクライナも経済的にそう余裕があるわけではない。しかも、仮に欧州諸国がどんどん親プーチン派の極右政権になったりしたら、世界の平和はもうおしまいである。
こうして振り返ると、世界の将来像としてはもう完全に悲観的な予測しか考えられない。そして、悲観的に考えている間にも、ウクライナやガザ、あるいは他の世界の紛争地では、無実の人々が殺され続ける。

では、私たちにできることはまったくないのか。前述した紛争継続の4つの要素のうち、私たちの努力で可能だとすれば、4番目の「陰謀論の蔓延による西側の安全保障体制の内側からの自壊」をなんとか食い止めることだろう。日本でもぼちぼち陰謀論の蔓延の徴候があるが、それを放置していてはいけない。そうした有害なフェイク情報の蔓延を撃破することがきわめて重要だと強く指摘して、本論の〆にしたいと思う。

文/黒井文太郎

『目にする情報の半分以上が偽・誤情報になる 情報安全保障の新論点』(星海社)
一田和樹、石井大智、石川雄介、岩井博樹、黒井文太郎
『目にする情報の半分以上が偽・誤情報になる 情報安全保障の新論点』(星海社)
2025年10月29日
1,650円(税込)
240ページ
ISBN: 978-4065416938

加速し、混迷する情報社会を生き抜くための「デジタル黙示録」!

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*以下、本書目次より抜粋
はじめに 「デジタル黙示録」
真偽を問う意味もない
コロナ禍を契機にデジタル黙示録の時代が始まった
各章の内容

第1章 情報の半分以上が偽・誤情報になる 一田和樹
第2章 日本の偽情報・誤情報対策の見取り図 石井大智
第3章 暴力と紛争の増加 安全保障上の新論点と新展開 黒井文太郎
第4章 医療を守るサイバー防衛 国家と現場をつなぐ防衛戦略 岩井博樹
第5章 移民兵器:人道と安全保障の狭間で 石川雄介

おわりに

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