メディアでは流せない替え歌も…
『タイマーズのテーマ』を演奏し始めた途端に、大勢の観客が一気に惹きつけられ、激しい渦に巻き込まれたかのような盛り上がりへと変化していったのを鮮烈に記憶している。
そこから間髪入れずに『偽善者』を繰り出し、さらに『偉人の歌』を畳み掛ける構成は、約1年後にリリースされることになるアルバム『ザ・タイマーズ』とまったく同じ流れ。
だが、この日は『偉人の歌』を歌おうとする直前になって、ライヴの運営スタッフが割って入り、演奏を中断させた。盛り上がり過ぎたあまりに、多くの観客がステージ前に詰め寄せ、ケガ人が出たためだという。まさに暴動寸前のようにカオスな光景は、今ではちょっと考えられないほどだ。
「後ろに下がらないとライヴがこれ以上続けられない」とスタッフがアナウンスする後ろで、明らかに不機嫌そうな忌野清志郎っぽい“ZERRY”が辛抱たまらずギターでブギのリフを弾き、『偉人の歌』を歌い始める。
最初から決まった曲順だったとはいえ、「もしも僕がえらくなったなら 君がうたう歌を止めたりしないさ」というフレーズが飛び出すと、会場からはさらに歓声が上がり、もう誰にも止められない状態になっていた。
その後も、『こんにちは赤ちゃん』のとてもメディアでは流せない替え歌『さようなら◯ちゃん』や、RCサクセションが物議を醸した『COVERS』収録の『サマータイム・ブルース』を逆手に取った『原発賛成音頭』など、言いたい放題な楽曲が並ぶ。さらにシンプルに美しい『デイ・ドリーム・ビリーバー』『彼女の笑顔』へと続く流れ。
筆者も観客エリアの中ほどでライヴを見ていたのだが、いつしか人の波に呑まれてもみくちゃにされながらも、気づけばほぼ最前列の場所でステージにかじりついていた。その鮮烈な切れ味を持ったメッセージにすっかりヤラれてしまっていた。
ザ・タイマーズのステージジャックにしばらく放心状態だったが、正気に戻してくれたのは、やはりこの日のメインアクトである、泉谷しげる with LOSERだった。
村上PONTA秀一(ドラムス)、吉田建(ベース)、下山淳(ギター)、そしてRCから仲井戸麗市(ギター)が参加したスペシャルなバンドは、タイマーズのインパクトを超える、素晴らしく熱のこもったステージで、オーディエンスを燃え尽きさせた。
終盤には、“なぜか会場に居合わせた”忌野清志郎も、急遽コーラスで参加するというハプニングも飛び出した。
この日の衝撃的な体験のせいで、ライヴのおもしろさと興奮を味わってしまい、筆者はすっかりライヴ・ジャンキーになってしまった。そして、この学園祭ライヴを目撃し、後にミュージシャンや音楽関係者として活躍する人たちが何人もいたことを知ったのは、それから十数年経った後のことだ。
その場に居合わせた若者たちにドデカい衝撃を与えた、1988年の横浜国大野外ライヴ。プロテストソングもラブソングもナンセンスソングも、おかまいなしに歌える。そんな自由が確実に侵食されつつあることを、この学園祭ライヴは訴えかけてくる。
文/宮内健 編集/TAP the POP













